「もう弾けないと思うけど、試しに弾いてみる?」

思い出のピアノを弾く米田さん
思い出のピアノを弾く米田さん

当時よく弾いていたのは「エリーゼのために」。施設の先生に教えてもらった曲です。

今はもう小さくなったイスに座った米田さん。鍵盤蓋をおそるおそる押し上げ、数音叩くと、音程が外れました。「全然覚えてませんね」と、弾けるように明るく笑います。

自分の居場所を求め続けた少女時代。施設は「生きていくための大切な場所」となっていました。

米田さんは、実母との関係を絶つため北海道を離れ、名古屋の看護師を目指す専門学校に進学します。

施設の先生が泣きながら『幸代、お前は自分で生きていかなければならないから、手に必ず職をつけて頑張っていきない』と言ってくれたのがきっかけで、自立のきっかけを作ってくれた先生には「今も感謝している」と話していました。

しかし、名古屋に引っ越してからも、実母からは電話がかかってきました。
(後編に続く)