「罪を重くするだけで社会が変わりますか?」

司法判断は「静かに待つしかない」と語る父親(2025年9月)

――これから社会に望むことは何ですか?
父親:今回のことを、今みたいに、罪に服せって言ったって、結局、飲酒運転はなくならないんです。第二、第三の犠牲者は出てくる。それに対して、何もできていない社会側のほうに、社会体制を直せるような考え方ができる人が増えてほしいと思うだけです。

アルコールを飲んだら車が動かなくなるシステムは究極の話ですが、それだけを望んでいるわけではありません。結局、飲酒運転した結果、相手を死なせるに至った人間を、全員死刑にするんですか。そういう力対力の発想で物事直りますか。人間の感情と社会の秩序、そこに違いがあると思います。

妻や家族の言う人殺しという感情には100%同意しますが、それは鬱憤晴らしにしかならない。子どもは帰ってこないし、新たな被害者はまた出てしまう。根本的に反省されていません。

刃物を向けて殺人したら懲役30年とかになるのに、車で当たったらひょっとしたら執行猶予が付く。人を殺したかったら、ちょっと酒を飲んで、そこにいる人めがけて突っ込んでいくのが、一番罪が軽くなるかもしれません。

いろんな感情はやっぱり生まれます。私の子どもの将来を奪った人間を憎む感情は消えることはないけれども、憎んでだけいても、何も変わらないです。

妻の言った感情は全面的に正しいと思うけれども、本当に社会に望むことは次の次元で、私たちの悔しい感情をプロパガンダにしても何もなりません。悲劇であるという伝え方をされても何も変わらないです。そういう視点だけで取り扱われるのは本意じゃないです。

悔しいに決まっているし、そこに事故を起こした方がいたら、つかみかかって殺すかもしれません。そのぐらい、相手を憎んでいる感情を抑えることはできません。ただ、次の犠牲者が出てこないでほしいと願う感情は、相手を憎む感情とはまた別のところにあるというところは少し伝わったらと思います。

罪を重くするだけで社会が変わりますか。私たちの感情が落ち着く裁きとは何ですか。これはどんなに重い罪、死刑だったとしても落ち着くわけはないと思います。何も帰ってこない。相手の不幸が増幅するだけ。殴り合いです、それだと。社会は直らない、

同じ人が次から次へと出てしまいます。次から次へと出てしまうことをどう防ぐかに、目がいってほしいと思います。具体的にどうしたらいいかは、時間をかけて考えてもらわないといけないと思います。