都内屈指のオフィス街に発展

虎ノ門駅の近くには、かつて江戸城で使われていた石垣が存在。江戸城の外郭門(がいかくもん)の1つであった「虎之御門」が地名として残り、都内屈指のオフィス街に発展しました。

また、高輪(たかなわ)の一角には、「高輪消防署」と右から左に書かれた建物が存在。まるで灯台のような、レトロな円塔形の造りが目を引きます。「今は『二本榎出張所』という名前に変わっている。この辺りの高台に2本の大きな榎があり、海からもよく見えたので目印になったらしい」と道マニア。

さらに、「縄をまっすぐピンと張ったような一直線の道を“縄手道(なわてみち)”と言う。“高台の縄手道”から、“高輪”と呼ばれるようになった」と言います。

南下した五反田エリアは、「目黒川が長年かけて削ったから低い。川沿いは水があるから田んぼになり、ここには田んぼが約1500坪あった。300坪を昔の単位で“一反(たん)”と数えていたので、1500坪は“五反”。“五反(約1500坪)”の“田んぼ”で『五反田』」とのこと。

かつて中原街道は、目黒川沿いで作られた野菜や農作物を運ぶ重要な道だったと言われており、その帰りには江戸市民の人糞、いわゆる肥料を持ち帰ったことから“肥やし街道”とも呼ばれ、江戸のリサイクル社会を支えた道でもありました。