町のシンボル、樹齢670年の御神木が倒れました。人々の「心のよりどころ」であった御神木を何らかの形でとどめたいとの思いから、根元は神社のシンボルのモニュメントに、木の一部でバイオリンを作ることになりました。町民が一丸となって倒れた御神木を活かしていく姿に密着しました。

町民の心のよりどころだった御神木が倒れる


2020年7月の豪雨から数日経った夜、岐阜県瑞浪市大湫町・神明神社の大杉が根元から倒れてしまいました。樹齢1300年とも伝えられてきた、高さ40メートルの御神
木は、家と家の間に倒れたため、一人のけが人も出しませんでした。


岐阜県の天然記念物に指定され、町のシンボルでもあった大杉。その後の調査で樹齢は670年と判明し、室町時代からここに立っていたことが分かりました。倒れた木をどうするか。ただ処分してしまうのは町民としては受け入れられません。


(大湫町区長会長 当時・足立亘さん)
「皆さんの心のよりどころだった大杉だから、その現場に今後も何らかの形でとどめていきたい」


クラウドファンディングや寄付で資金を集め、行政の補助金も使って、一部を残すことになりました。長年巨木を支えてきた根元は、シンボルのモニュメントに。そして、倒れた木の一部でバイオリンを作ることになりました。

杉の色や年輪を生かして、“よりそう”音色を奏でるバイオリンに


名古屋市昭和区にある、中部楽器技術専門学校。御神木は、ここで“バイオリン”に生まれ変わります。学校の講師で楽器職人の池尻雅博さん(50歳)と学生たちが、合わせて2つ作ることになりました。学校では基本、楽器の修理や調整を学ぶので、学生たちにとっては、一から楽器を作る貴重な経験です。

(池尻弦楽器工房・池尻雅博さん)
「たくさんの学生に作り方や地域貢献について、知ってもらういい機会になった」


目指すのは、地元の人たちに“よりそう”音色を作ること。
細かい部分は、イタリアで長年バイオリン作りを修行した池尻さんが、自宅の工房で仕上げます。御神木は杉の木。杉は通常バイオリンに使用する木材よりも柔らかいため、強度を出すために分厚くする必要があります。しかし、板が厚くなると音は響きにくくなります。


(池尻弦楽器工房・池尻雅博さん)
「町民たちが、長くこのご神木の記憶を残していくという考えのもとで作るものなので、派手さというよりは、むしろ見守るようなやさしさというか、そういうものが音に出てほしい」


バイオリンには欠くことのできない、音色の響きを大きくする「F字孔」(弦が張られている表板の中央にある左右対称の穴)が開けられました。そして、いよいよ仕上げの作業に。滑らかになった表面に、つやを出すニスを塗り、弦を張って完成です。


樹齢670年の御神木から生まれたバイオリン。あえて杉の色や年輪をそのまま生かしてあります。

(バイオリニスト・髙橋妙子さん)
「きれいに音が出ているので、わりと弾きやすい」

音色については、名古屋フィルハーモニー交響楽団で活躍したバイオリニストの髙橋妙子さんからも太鼓判をもらいました。学生たちも初めて音を聞きました。


(3年・安藤香奈子さん)
「美しいですね」

(3年・西田美咲さん)
「ちゃんと鳴って安心しました」