「赤ちゃんの絵は何枚も みんなで描きました」

(永井さん)
「赤ちゃんが大人の足元に倒れていまして、先生から『この赤ちゃんがもし生きていたら君たちと同じ年齢なんだよ』ということを聞かされて、それからですね。赤ちゃんは何枚も描きました。みんなが描きましたね」

子どもたちの模写には、オリジナルを少し変えた部分も。

(都路住職)
「(赤ちゃんの)そばにぬいぐるみが描かれていますけれども、原画には描かれてなくて、慰霊の意味でぬいぐるみを描いたと思う」

その後「子どもにはふさわしくない絵」だと大人の横やりが入り、絵は処分されそうになりましたが、子どもたちを応援していた先々代の住職、都路精哲さんが絵を引き取り大切に保管。40年前から毎年8月6日~15日まで一般公開も行っています。

(都路住職)
「絵を描いた子どもたちの思い、願いというものをずっと感じながら公開を続けていかれたらと思っている」

(永井さん)
「最近『核』の話がよく出ますよね。去年は被団協の皆さんがノーベル平和賞を受賞した。そういう話を聞くと(模写をしたことを)思いだす。記憶の中では大事にしていきたい」