1人のロシア人女性と出会う

そして、この頃に春夫さんの強制労働も変わることになった。炭鉱夫としての強制労働を強いられた極寒の外での仕事から、室内での仕事に変わったのだ。新たな現場は、自動車整備工場だった。

自動車など機械に関してはズブの素人だったが、そんな経歴などお構い無しの異動だった。収容所は同じ場所だったが、朝起きて向かう場所が変わった。収容所からは僅か数百メートルの距離、前の炭鉱も近くにあったため、似たような距離しか離れていないのに、室内で、しかも重労働ではない急激な変化に戸惑った。「同じ強制労働でもこうも違うのか」

春夫さんは、炭鉱夫から自動車整備工としての労働をすることになった。その新たな強制労働先で、1人のロシア人女性を見かけた。名前はクリスタル・ターニャ。陽が差すと黄金色に輝く金髪の髪は肩くらいまであり、サラサラで、なびく髪が印象的だった。

「瞳は丸く大きかったよ」

肌はロシア人特有の抜けるような真っ白で透明感があった。ターニャは3つ年下の18歳で自動車整備工場の事務員として働いていた。ひときわ目を引くルックスだったが、自分には関係ない人だと思っていた。なぜなら、自分は抑留者だったから。手の届かない高嶺の花、遠くから見守っていたのだ。

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【CBCテレビ論説室長 大石邦彦】