北朝鮮での日常生活

北朝鮮での生活、出会った人について、曽我さんは率直に語りました。

「拉致を指導した人、実行した人は犯罪者だと思いますが、現地に暮らしている人はごく普通の人たちなのです。とはいっても、私は特別地区に住んでいたので、現地の一般的な生活状態を一部しか知りません。でも私たちと関わりを持っていた監視員というか指導員は、とてもいい人たちでした」

生活レベルは日本では考えられないほど低く、物資も常に不足していたそうです。
一部の特権階級の人々の犠牲になっているなかで北朝鮮の人たちは何とか生き延びてきているのだと、曽我さんは述べました。

北朝鮮で結婚し、子どもも授かった曽我さん。「生活は大変苦しかったですが、一人じゃなくなったことがとても嬉しかった」と語ります。

子育ては全くの自己流でしたが、特に大きな病気もなく、すくすくと成長してくれたそうです。一方で一番残念だったことは、子どもの学校行事に参加できなかったこと。入学式、運動会、卒業式などは、遠くから見ることさえできなかったと、当時を振り返ります。