新潟市西区では、父・治久さん(70歳)が息子・聖選手を見守っていました。
「最初の試合は見ててもう、ガチンガチンだなって。相当緊張しているのがわかって、これヤバいなと…」
「2試合目くらいから良くなって、3試合目が一番良かったですね、決勝戦が」
「お疲れさまでした、ですね。これからどうするの?っていうのが一番興味ありますよね」

新潟県勢で初となるオリンピック銀メダル獲得となった古俣聖選手の活躍を受け、JR新潟駅では早速“号外”が配られていました。

「新潟の人が勝って嬉しいです」
「私も高校の時に部活で少しフェンシングをやったので、当時の日本のフェンシング界からすると、すごく想像もできない画期的なこと」

オリンピックでのメダルを目指し、子どものころからフェンシングに打ち込んできた古俣聖選手。リザーブで選ばれたパリで、その夢を一つ叶えました。