父の反対で誤解したまま疎遠に

坂本光代さん
「目標の高校には、成績ギリギリで合格、頑張れば(合格)くらいの成績だったんです。普通は、子どもが行きたいなら受験させるという親が大半だと思うんですけれども、うちの親は絶対に駄目だと言ってきて、それで大喧嘩しました。あとから父が言っていたのは、娘には良い高校に行くよりも笑っていてほしいという気持ちだったと」

父親の気持ちを知らないまま関係が悪化した高校時代。
その後、父の病気が発覚。
和解しないまま亡くなった。
伝えられなかった想いは今、会社名になった。

坂本光代さん
「会社名は、当て字なんですけど、笑うに守る『笑守』と書いて『ESSH』なんです。その時の悔しさを会社名に当てているんです」
大学は、千葉の工業大学へ進学。大学院を考えていたが受からず断念。高精度産業用フィルター製造会社に就職。28歳で結婚し出産。



育児をしているさなか、人生観に変化が訪れる。















