ちょっとひととき…懐かしい “昭和の長崎”を感じてみてください。
1月8日は、35年前、昭和から平成に元号が変わった日です。
63年間の激動の「昭和」が終わり、1989年1月8日から「平成」元年が始まりました。
ペーパーレスやデジタル化が現在ほど進んでいない時代、改元当日のまちの表情や日常のくらしはどうだったでしょうか?
NBC長崎放送の当時のニュース番組から、新元号にちなんだ「まちの表情あれこれ」をご紹介します。

平成元年の朝、長崎県庁では9時から 昭和天皇の崩御を悼む “記帳所”が設けられ、多くの人々が訪れました。

日曜日という事もあり、午前中の出足はゆっくりでしたが、午後からは多くの方が記帳に訪れ、一日としてはこれまでで最高の5千人が訪れました。

繁華街は午後になって若者を中心に多くの人が繰り出し、普段の8割の人出でした。


この日は冬休み最後の日、市内のスケートリンクは子供たちであふれていました。


市内のスポーツ大会の開会式では選手宣誓の際、平成の元号が使われました。



新聞の日付もこの日から平成に変わりましたが、中には間に合わなかったのか昭和64年の日付のままのものも。


市内の病院では、新元号のスタートにふさわしく赤ちゃんが無事誕生しました。

元号が変わって忙しくなったのが印鑑屋さん。平成の印鑑の発注が相次ぎ、日曜を返上しての作業です。この店では翌日までに500本のゴム印を製作したということです。



出来たゴム印を使って書類の訂正をする作業も大変です。
長崎市役所の市民課では、職員5人が出て、住民票の申請書など1,600枚に訂正印を押しました。



またコンピューターにも、今までなかった平成をプログラムに組み込む作業が行われました。


「昭和」が社名についたタクシー会社では、元号が変わっても社名は変えないことを決めました。

学習塾では、元号が変わっても受験に向けて猛勉強が続いています。
激動の昭和の終わりに思いをはせて記帳所に出向いた人、普段通りの日常を送る人々、新しい時代の始まりに向けて淡々と作業をする人々。
平成最初の一日の「まちの表情あれこれ」でした。
放送局が撮影した 長崎の映像を配信している”ユウガク”より