山口県民なら誰もが知っているであろう、金魚ちょうちんのそもそものルーツを探ってきました。

8月。全国各地で様々な祭りが開かれています。山口市のふしの夏祭りや、山口祇園祭七夕ちょうちん祭りなどなど・・・

そして、先日開催されたのが「柳井金魚ちょうちん祭り」。

見どころの1つ、金魚ねぶたの運行が4年ぶりに再開され、およそ4000個の金魚ちょうちんとともに、白壁の街を彩りました。

福岡からの観光客
「町全体が金魚っていうのがなかなかない。柳井らしさがあっていいなと思った」
子ども
「きれいやった」
大阪から観光客
「なんかインスタ映えやな~って。かわいい」

金魚ちょうちんを一目見ようと、県内外から約8万6000人が訪れました。

ところで、この金魚ちょうちんが生まれたのは、山口県南東部に位置する柳井市。

江戸時代から続く伝統織物・柳井縞や、名産品の甘露醤油など、古くから もの作りの街として発展してきました。

いまや山口県を代表する夏の風物詩となりましたが・・・みなさん、そもそもなぜ金魚なのか考えたこと、ありますよね?考えたこと…、ありますよねぇ?

なぜ金魚?

山口県民
「おじいちゃんが買ってきて、家の畳の部屋に置いている」
「いやわかりません。(金魚が)めっちゃいるとか?」
「昔、金魚を養殖していたとかね」

飛び交う様々な憶測に泳がされそうになる中…

山口県民
「周防大島が金魚の島と、何か関係あるんですかね?」

「島の形が金魚に似ているって聞いたことが・・・金魚の形をしているというのも、関係あるのかもしれないです…」

柳井市のすぐ隣にある周防大島の形が金魚の形に似ていることから"金魚島"とも言われているんです。金魚ちょうちんのルーツは、そこにあるのか?

山口県民
「学遊館の松島先生がお詳しいと思います」

早速、その方のもとへと伺いました。

こちらが、柳井金魚ちょうちん研究の第一人者・松島幸夫さんです。

松島幸夫先生
「金魚ちょうちんは、周防大島が金魚の形をしている島だからというのは、まったくのでたらめです。そういう諸説というのは、あちこちにあります。ただ、それは違うということではなくて、ほほえましいこととして楽しんでいただければいいのではないかと」

松島先生
「柳井に金魚ちょうちんがあるのは、江戸時代の後期に、ここの柳井の商人が青森県の弘前市から持って帰って『この金魚ちょうちんかわいいな』と大人気になって大人たちが子どものために作り始めたと」

ルーツは青森に!

そう、金魚ちょうちんは、柳井市からおよそ1400キロ離れた本州北のはじっこ、青森県弘前市にルーツがあったんです!

今からおよそ150年前、海上交通の要衝だった柳井市では、商人の行き来が盛んにおこなわれており、青森県との交流も深かったようです。

松島先生
「これがですね、江戸時代の終わりに、青森県弘前市から入ってきたものです。したがって、弘前では、当時から今もこのデザインが使われています」

最大の特徴はしっぽです。弘前のはしっぽが立っています。

松島先生
「真ん中のちょうちんは、戦前戦後にはやったスタイルです。中にろうそくを立てるところがあります。この頃は、ろうそくを立ててお盆にお迎えちょうちんとして、みんなが持った。」

その後、よりかわいさを求めて簡略化され、金魚ちょうちんは現在の姿へと変貌を遂げました。
そのかわいらしさから、去年7月にはカプセルトイとして全国販売が始まり、

さらには、日本を代表する「灯り」の1つとして東京の一流ホテルの展示会や、海を渡りロンドンでも展示されるほどになりました。

独自の進化を遂げた金魚ちょうちんは時を越え、再び青森との交流をもたらしています。

柳井市白壁の町を守る会・木阪泰之会長
「4年前に、柳井の伝統的建造物保存地区柳井市白壁の町を守る会の創立40周年がありまして、それをきっかけに、金魚ちょうちんのルーツである弘前ねぷたの山車の中に金魚ちょうちんをぶら下げていただいたりとかいうことを毎年やっております。お里帰り的な形で文化であったり、商売であったり。そういったものの交流が、本州端と端からできたらいいなと」

弘前市出身の観光客
「実は僕、田舎が青森県の弘前市なんで、似たようなお祭りがあるとどこかでいつか聞いて、でコロナの前に1度来まして面白かったので、うちの田舎と似ているわと思って半分懐かしいし、半分面白いし。毎年でも来たいです」

本州のはじっこ同士を結ぶ金魚ちょうちん。

商人が弘前ですくった金魚は、柳井で文化の火を灯し、人々の心を救う あかりとなっています。

(mixで2023年に紹介した特集から、年末年始に家族で楽しんでもらいたい話題をピックアップしました)