■コロナ禍の中での「歓迎されないコンサート」 沢さんの自問自答

「歓迎されないコンサートをなぜやるのか」 沢さんは自問自答していた

(沢知恵さん)
「いや今回ほど、この意義を自分で考えないと。。。何ていうのかな、そこまでして何でやるのっていう、ほんとに自嘲気味ですよね、ちょっと」

ステージのゲストでもある東條高さんがリハーサルに 歌うことが大好き 沢さんが大島の父と慕う

コンサート前日のリハーサルに、入所者の東條高さんがやってきました。コロナ感染対策として、移動中に声をかけることも禁じられています。

2人のやりとりはいつも笑いが絶えない

(沢知恵さん)「2番から3番はそのまんま」
(東條高さん)「はいわかりました」

■東條高さん 妻と歩んだ療養所での日々

東條高さんは、91歳。74年間療養所で暮らしています。

高さんと妻の康江さんは記者の私をいつも大歓迎してくれた
康江さんは高さんのことを「空気みたいな大事な人」と話してくれた

東條さんとその妻・康江さんとの出会いは、取材する側の私(記者)にとっても、とても大事なものになりました。初めて島を訪れたとき、大歓迎してくれた2人。

「入所者は笑わない」と心のどこかで決めつけていた私は、とても恥ずかしい思いをしたのを覚えています。2人は良く笑いよく話し、失恋や馴れ初めや、たくさんのことを話してくれました。

(記者と東條高さん)
「こんにちは」
「山内さん(記者)か?」
「はい」
「どうぞ、上がって」

私の中で、2人は「不幸な入所者」から「大島の高さんと康江さん」に変わっていました。

いつも「幸せ」と「感謝」を口にしていた東條康江さん「島の生活は無駄な生活ではなかった」

(東條康江さん)
「病気になってここへ入らなかったら、高さんと出会うことって無かったですよね。だから、病気になってここで生涯を送る身にはなったけれども、私にとってみたらここでの、島での生活っていうものは無駄な生活ではなかった」

息をひきとるまで高さんは康江さんの手をとって讃美歌を歌い続けた

2015年、康江さんは他界しました。入所者にもそれぞれ人生の営みがあり幸せがある。そしていつか終わりを迎える。2人から教えてもらいました。