◆もし他国軍隊が皇居に乱入し、皇族を殺害したなら――
最後の最後で誰が殺害したのかはっきりしていないのですが、日本人が乱入したことは間違いありません。かけつけたロシア公使とアメリカ公使本人が、宮殿から刀を下げて出てくる日本人を目撃していて、言い逃れできる状態ではありませんでした。猛抗議を受けて、事件に関わった日本人をすぐに出国させています。
皇帝は、暗殺に加担したとして朝鮮人3人を処刑しましたが、それ止まり。熊本出身の安達謙蔵ら48人は日本で裁判にかけられましたが、証拠不十分で「免訴」。軍人も軍法会議で無罪となっています。これについて、驚くべきことに当時の日本人は大喝采を送ったのです。そういう時代だった、ということですね。
ロシアの南下を恐れるイギリスやアメリカは日本に好意的な対応を取ったこともあり、安達謙蔵はのちに政治家になりって、大臣を歴任します。植民地主義の時代に弱かった国の悲哀を感じます。
皇后自身は策謀好きで、ぜいたくが好きで、決して国民から好かれているとは言いがたい人でしたが、外国人から「国母」を殺された朝鮮人たちは大いに反発しています。これがどういうことか、考えていただきたいのです。
「東京で、武装した外国の軍隊が皇居に乱入し、皇族を殺害した」としたら――。
天皇制をどう思うかに関わらず、「それは許せない」となると思います。この問題は、韓国ではよく知られている話なので、日本人があまり知らないことが気になっています。独断暴走して外国の要人を暗殺した軍人たちが裁かれなかったという前例ができたわけですが、もしかすると日本の将来にも影響したかもしれません。
文庫版の解説で、歴史家の大江志乃夫さんは、「のちに一九二八年、日本が公式に承認していた中国の北京政府の大元帥(元首)張作霖を、出先の関東軍が軍司令官以下の謀議によって爆殺した事件の誘因になった、とさえいえる」と書いていました(文庫版、460ページ)。
軍人の暴走を容認した結果、大日本帝国の滅亡が用意されていた――歴史の皮肉にもなっているのではないかと思います。
◆「未来志向」と「悲しい歴史」と
「明成皇后を考える会」は2004年に熊本県で結成された団体ですが、熊本で毎年追悼式典を開催したり、加害者の子孫と韓国を訪問したりしています。事件から128年後の今年10月8日、3年ぶりの追悼式典が開催され、在日韓国人、日本人のほか、釜山外国語大学校の日本語学科の学生約30人も参加しました。

会場には、熊本大学新聞の編集長、徳永慧さんが取材に来ていました。日本史学を専攻しているそうです。

徳永慧さん:近代の日本史の問題の一つで個人的に興味があることと、日韓の若者の考えや立場というものを、学生新聞で採り上げられたらなと思って取材に来ました。
神戸:知られてないですよね、今の日本の大学生には。
徳永慧さん:知られてないですねー。僕らみたいに学問としてやってたら知っているところもあると思うんですけど、普通の人は韓国に興味がある人でも知らないので、熊大生にちょっと知ってもらえるような記事を書けたらな、と。
帰宅して「熊本大学新聞デジタル」を読むと、会場にいた釜山外大の張舜興(チャン・スンフン)総長のコメントが載っていました。
「日韓交流はますます発展しており、若い世代も未来志向的な考えを持っている。一方で悲しい歴史も確かに存在する。今後、皆さんのような若い世代が正しい未来と友好関係を描く担い手になってほしい。この機会を交流会・追悼式だけでなく、学習の機会として欲しい」<韓国・釜山外大の学生が来熊 「日韓友好の未来へ」>10月8日15:50配信
本当にその通りだな、と思いました。ちゃんと受け止めていかないと「未来志向」は生まれていかないし、未来志向を持つためにはそうした手続きが必要でしょう。「閔妃暗殺事件」は、日本の近代史の暗い闇の一つです。僕らがしっかり考えていかなければいけないことだと思います。
◆神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。近著に、ラジオ『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』の制作過程を詳述した『ドキュメンタリーの現在 九州で足もとを掘る』(共著、石風社)がある。














