戦線を離脱していた桐生祥秀(27、日本生命)が、完全復活を懸けて中国・杭州を走る。アジア大会陸上競技(9月29日から10月5日)には、17年に日本人初の男子100m9秒台(9秒98、現日本歴代3位タイ)をマークした桐生が注目される。昨年、約3カ月間の休養をとったが、その間に拠点を京都に移し、トレーニングにも変化が生じている。そして100mにおいて現在、「一番求めている40~70mのスピード」だと言う。桐生のアジア大会に向けての技術的な取り組みを紹介する。
アジア大会でやりたいレース展開
桐生が5月の木南記念でマークした10秒03(+0.7)は、シーズンベストでは参加選手中トップ。桐生自身で見ても自己記録の9秒98に0.05秒差、自身5番目の好タイムである。1~4番目の記録はすべて、木南記念の0.7mよりも強い追い風だった。木南記念までの過程に桐生は手応えを感じていた。
「以前だったら1本、4月にバーンと良い記録を出したら、次の大会でタイムが落ちたり、(ケガなどで)走れないことがありましたが、今シーズンは着実にタイムを上げていくことができるようになりました。優勝しないといけない、という気持ちは大事なんですが、この大会はここをこうしていく、次はこうやっていく。練習で準備したことを毎試合、コツコツできていたので、そういったところは成長しているのかもしれません」
だが、(アジア大会陸上コラム①で紹介したように)木南記念後にケガをしたことでシーズンが再スタートした、と桐生はとらえている。9月に実施した富士北麓での合宿は、次のような目的を持って行った。
「いつもの練習よりはスピードも上がっていたと思いますが、練習で遅くても試合で速くなることは当たり前にあります。ですからスピードはあまり気にしないで、30mではこの動きをする、50mではこの動き、60mではこの動き、というのを、そのときにできる最大のパフォーマンスでやることが主な練習でした」
その結果として「40~70mのトップスピード」を今、一番求めているという。
「スタートは大きく後れず、ほどほどで出て、40~70mのスピードがしっかり上がれば、レースにも絶対に勝てる。スタートで絶対に出ないといけない、という考えはありません」アジア大会のレース展開は、桐生の中盤の追い上げに注目すべきだろう。
練習で動画を撮る日と撮らない日を設定
桐生は昨夏には拠点を京都に移している。家庭のことも考えてのことだったが、一番はトレーニングでも自身のやりたいことをより明確に行うために決断した。
しかし“チーム桐生”のメンバーは大きく変わっていない。以前からサポートしていた小島茂之氏(00年シドニー五輪4×100 mリレー代表)が専任コーチとなり、技術やトレーニングに継続性を持たせている。
「コーチが毎回(京都に)練習に来られるわけではなく、1人で練習する日を増やしました。毎日LINEで報告したりアドバイスを受けたりはしていますけど」
練習場所は使用料を払って競技場を走ったり、適度な坂を見つけて走ったり、階段を使ったり、山を登ったり、バリエーションに富んだ選択をしているという。
新しい練習の特徴の1つに、以前は毎日動画を撮影して確認していたが、動画を見ない日を設定していることが挙げられる。桐生は高校時代から大学入学当初は、動画を見ない選手だった。チームスタッフが動画を撮ってくれる環境になり、ライバル選手が動画を熱心に見たりしていたこともあり、自身も動画を見るようになった。
「動画をずっと見ながらだと、自分の感覚と動画がズレているときでも、動画を頼ってしまうときもありました。自分の感覚をもう1回やりたいな、というときには動画なしで、誰もいないところでじっくり練習する日も欲しい。そう考えたことも拠点を移した理由の1つです」
高校時代の練習と、大学入学以降の練習、そして桐生自身の成長も加わり、今の練習パターンになってきた。
「偏っていない練習になっていますね。感覚に頼っていた頃と、動画に頼っていた頃の練習が半々です。練習メニューも自分1人で考えているわけではなく、小島コーチと毎日連絡して決めています。しかしアキレス腱の痛みが出ることもあるので、練習を一日単位で決めてもできないことや、変更することが少なくありません。おおまかに2週間とか、1カ月単位でこういう練習をやりたいね、という方針を固めておいて、日々の練習をどんどんやっています」
桐生のトレーニングが徐々に成熟してきている印象だ。桐生自身は「慣れてきてしまった部分もあるので、新しい練習の刺激を入れている」という。それも、環境を変えたことで導入しやすくなっている。
「(そうした新しい練習パターンで)久々に10秒0台が出ました。色々なことが上手いこと行っているのかな」
高校3年時に10秒01を出し、陸上界を震撼させた桐生。それからちょうど10年が経って迎えるアジア大会杭州は、新たな桐生がスタートする大会となる。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)