女子跳躍種目を牽引する存在に

だが実績にかかわらず、世界陸上や五輪本番で結果を出す選手も何割か存在する。オレゴン銅メダルのL.メロ(25、ブラジル)は、オレゴンで跳んだ6m89(+1.1)が自己記録で、セカンド記録はオレゴンの予選で跳んだ6m64(+1.5)だ。どちらも今の秦より低い。つまり本番で力を出し切れば、秦もメダルが不可能とは言い切れない。

では、どうすれば本番で力を出し切ることができるのか。そのためのマニュアルはどこにも存在しない。選手が自身の経験やメンタルの持ち方で見つけていくしかないだろう。秦は昨年の世界陸上オレゴンでは、それができなかった。

「周りがいつもテレビなどで見ている憧れの人ばかりで、そういうすごい人たちの中にポンと入って、自分だけ取り残された気分になっていました。今年はそこに、知り合いとまでは言えないかもしれませんが、顔なじみの人たちがいる。昨年とは明らかに違う部分で、アドバンテージになります」

アジア選手権で自信をつけたことも大きな違いだろう。5月のGGPなどではしっかり集中して、跳躍距離も出ていた。しかしファウルになり「成功体験」につながらなかったという。「確実に自信を持って行ける」というメンタルになれていなかった。

それがアジア選手権ではインドや中国選手もいるなか、「競り合う展開になっても自分の跳躍に専念しきれて、成功体験を持って世界陸上に乗り込める」と言える状況になった。アジア選手権では3回目の試技が終了した時点の記録は6m52(+1.0)で、インド選手に2cm負けていた。以前の秦なら焦っていたが、今回は「あと3本もあるやん」と思えた。「こういうマインドは大事にしていきたい」

オレゴンでは海外トップ選手たちのオーラに圧倒されてしまったが、前述のように助走のヒントを得ることができた。何より同じ日本人女子選手の北口が、同じフィールド種目のやり投で銅メダルを取るシーンを目の前で見ることができた。

「こんなことができるんだ、と思いました。北口さんが涙を流している姿を見てジーンときましたし、そういう姿を見せられることが私の勝手な目標になっています。お話しする機会は多くないのですが、本当に刺激になることはあるんだ、と感じましたね。アジア選手権のあとにSNSで『おめでとうございます』と言ってもらえて、私も北口さんのDL(シレジア大会)の日本新(67m04)を見させてもらって」

秦がコントロールできるのはライバル選手たちでも、彼女たちや自分の過去の実績でもない。自身のトレーニングとメンタルだけだ。

「去年は世界陸上に出場することを一番大きな目標にしていて、それは達成できました。今年は決勝進出を一番大きな目標としてやってきています。決勝に進めばベストエイト(入賞)を目指す流れになっていきますが、まずは決勝に進まないことには話が進みません」

オレゴンの北口がそうだったように、ブダペストの秦は必要以上に欲張らず、決勝進出を目指して跳ぶ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)