女子走幅跳でも日本人初の快挙が期待できる。世界陸上ブダペスト(8月19〜27日)で秦澄美鈴(27、シバタ工業)が入賞すれば、女子跳躍種目では世界陸上日本人選手初の快挙となる。投てきも含めた女子フィールド種目として見ても、11年テグ大会女子やり投8位の海老原有希、昨年のオレゴン大会女子やり投銅メダルの北口榛花(25、JAL)しか入賞者はいない。秦は7月のアジア選手権に6m97(+0.5)の日本新で優勝したが、その記録は8月15日時点で今季世界5位。今季世界最高の7m08とは11㎝しか開きがない。入賞の可能性は高いと周囲は期待するが、本人は「まずは決勝進出を」と慎重だ。その理由とは?

ラスト4歩のマークの位置が40㎝も遠くに

今季の秦はレベルが明らかに違う。まずは2月のアジア室内選手権に6m64で優勝。昨年までの自己記録は6m67(+1.6)なので、室内が無風だったことを考えれば自己記録を上回る価値があった。

5月の静岡国際で6m75(+2.0)と自己記録を更新すると、6月の日本選手権は6m63(+0.6)で3連勝。そして7月のアジア選手権で6m97(+0.5)と、06年に池田久美子がマークした6m86の日本記録を一気に更新した。

「今までも“前に抜けた”とか“上に浮いた”とか、どちらかを感じられた跳躍は何回もあったのですが、今回は“両方とも行けた”と感じられましたね。いつもは浮いたと感じられても、ポトッと落ちてしまうような跳躍でしたが、アジア選手権は“まだ落ちないな”と感じられた。踏み切った瞬間に距離が出ることはわかったんですけど、まさか6m97も行っているとは思えなかったので、記録が表示された時はすごくびっくりしました」

本人も驚きの記録だったが、世界陸上で戦うには安定して記録を出すことも重要になる。その点については後述するが、秦が世界トップレベルに成長したことは間違いない。

そのレベルに到達した要因を1つや2つに特定することはできないが、踏み切り前のスピードが以前より速くなったことと、その背景には昨年の世界陸上オレゴンの経験があった。

秦は昨年のシーズン終了後、陸連科学委員会から1つの提案をされた。踏み切り前のスピード減速を小さくするため、小さく刻んで走っていた最後の4歩のストライドを広げて走ることだった。そのアドバイスを素直に受け容れられたのは、オレゴンで外国勢を間近に見たことが大きかった。

「生で海外のトップ選手を見ましたが、踏み切り前に脚を(速いピッチで)回している選手はいませんでした」

今季の試合で、踏み切り直前の助走スピードを計測したデータはないが、秦はスピードが上がったことを確信している。

「最後の4歩のマークの位置が、以前より遠くなっています。昨年は7m60とか80くらいでしたが、今は8m20まで伸びているんです。ラスト4歩で40㎝伸びて、足の詰まり(小さな歩幅で脚の回転を速くしたり、窮屈そうな脚さばきで走る)がなくなって、確実に減速がなくなっています」

助走速度を生かす踏み切り技術がないと記録は伸びないが、前提となる助走スピードが、今季の秦は間違いなく速くなっている。

記録を一気に伸ばすタイプ

秦は学生時代まで走高跳選手だった。アジア選手権は大学3年時の17年大会で最下位だった。6年後に走幅跳で頂点に立つのだから、競技人生はわからない。走高跳から三段跳への転向は散見されるが、トップレベルの選手で走高跳から走幅跳への転向はあまり聞いたことがない。

その走高跳で、秦は自己記録を一気に10㎝も伸ばしたことがあった。大学1年時の15年シーズンで、跳躍専門のコーチから教えを受けたことが大きかったが、大学生が10cm伸ばすことは珍しい。

今年2月のアジア室内選手権から帰国後の取材で、「自分は走幅跳でも一気に記録が伸びるタイプ」と話していた。転向後の走幅跳の記録が、社会人1年目の19年、3年目の21年と、自己記録を約20cm伸ばしたシーズンがあったのだ。

アジア選手権の日本新は自己記録を21㎝伸ばしたことも想定内。そう思われたが、前述のように秦自身も驚いていた。

「2月の時点では自己記録が6m67で、20㎝の更新なら6m87なのであり得る範囲でした。それが静岡国際(5月3日)で6m75を出せたので、そこから20㎝の更新となると6m90台後半になります。そこはまだまだ先だな、と思っていました」

陸上選手は技術的に上手くいくことを“ハマる”と表現するが、アジア選手権は多くの要素が「ハマった結果」だったという。秦自身はまだ、安定して出せるレベルは6m80台と考えているのではないか。6m97という数字だけで世界陸上の成績を期待しない方がいいかもしれない。

前回のオレゴン大会3位選手の記録は6m89。秦が6m97を跳べば銅メダルを取れることになる。だが秦の口からは、メダルや入賞という言葉は出てこない。

「今年はしっかり予選を突破して、(12人で行われる)決勝でしっかり戦うことを一番の目標にしています。そこを達成できるように、残りの期間しっかり詰めていきたい」

自己記録を、重要大会の記録に当てはめるのは無理がある。実際、オレゴンの入賞者8人のうち、金メダルのM.ミハンボ(29、ドイツ)の7m30を筆頭に、4人が7m以上の自己記録を持っている。4人が6m90台で秦と同レベルということになるが、そのうち3人は自己3~5番目の記録も6m90である。入賞確実なレベルと言うには、秦は実績不足な面は否めない。