しかし...新たな問題が松本城を襲う

しかし、時が進むにつれ倒壊という新たな問題が襲います。

長年の雨や雪にたえてきた城は劣化が激しく、天守は傾いてしまっていたのです。これに胸を痛めたのが、当時松本中学校の校長だった小林有也(こばやしうなり)でした。

小林有也(写真提供:松本市立博物館)

本丸跡地が松本中学校の校庭になることをきっかけに、松本城の大修理を提案。明治34年に松本城天守保存会を結成すると、全国から寄付金を募り、11年という歳月をかけて見事によみがえらせたのでした。

市川量造、小林有也のレリーフ
松本城にある市川量造、小林有也のレリーフ
市川量造、小林有也のレリーフ
松本城にあるレリーフ(左:市川量造 右:小林有也)

龍玄としが問う 時を経て、松本市民にとっての「松本城」とは?

龍玄とし:
松本城にはどんな魅力がありますか?

市民:
Iターンで来たんですけど、地域の人がめちゃくちゃ大好き、愛しているんで、それにすごくビックリしました。26年経って、自分も魅力に取り憑かれたって感じですね。

龍玄とし:
おふたりにとって松本城とはどういう存在ですか?

市民:
昔壊されそうになったけど、市民によって守られたというのは、日本の文化を守る象徴だと思う。

市民:
あんなに古いものが身近に存在しているっていうことが、すごい感動的というか、それが日常にあるっていうのがすごい事なので、子供たちにも伝えていきたいと思ってます。

年に一度の床磨きや漆の塗りかえなど、2人の英雄の想いは、今もしっかりと松本市民の胸に刻まれています。