かつて日本に築かれた城の数は「3万以上」と言われる中、江戸時代以前に建てられた天守が現存しているのは青森県から高知県まで「わずか12基のみ」なのを、皆さんご存知でしょうか?
担当:『極城の見取り図~天下取る前に築城しちゃうぞ~』
ディレクター・長濱公一
その天守が現存する城とは、備中松山城(岡山県)、国宝・松本城(長野県)、国宝・彦根城(滋賀県)、国宝・犬山城(愛知県)…時代の荒波を乗り越えて、現代にその美しい姿を残し、各城それぞれに深い歴史が刻み込まれているのです。

その一つ「国宝・松本城」に、TBSテレビ系列28局ネット「極城の見取り図」のロケリポーターとして、カリスマ的ロックスタ―・龍玄としが赴きました。
日本最古の「5重6階の天守」で彼は何を感じたのでしょうか?龍玄としとともにその歴史を紹介していこうと思います。

市民によって守り抜かれた国宝・松本城
江戸時代から大変革の明治時代に入ると、城は「無用の長物」として全国で取り壊しが進められました。松本城も「破却の危機」に襲われていました。
そこで立ちあがったのが、地元「信飛新聞社(しんぴしんぶんしゃ)」の編集責任者だった市川量造(いちかわりょうぞう)でした。
「歴史的価値のある松本城を何としても残さなくてはならない」
そこで当時、日本各地で開催され始めていた博覧会を松本城で開くことを決意。彼のアイデアは認められ、明治6年に第一回博覧会が開催されました。
これが大成功を納め、城の価値を内外に示すことで、松本城取り壊しの危機から救ったのでした。














