◆アメリカは中国の国防大臣を制裁対象に
ロシアはウクライナ侵攻を続ける。そのロシアへの向き合い方についても、米中両国の間には深い溝がある。
実は、アメリカと中国の国防大臣会談の開催が決まらないのは、そのロシアにも関係している。実はアメリカは、李尚福国防大臣を制裁対象のリストに入れている。李尚福氏が中国中央軍事委員会の要職・装備発展部の部長だった2018年9月、アメリカは、李尚福氏が「ロシアからの最新鋭の戦闘機や地対空ミサイルシステムの調達に関与した」として、個人を制裁対象に指定した。アメリカの査証(ビザ)の発給停止を含む制裁対象となった。それもハードルになっている。
その李氏はこれまで、ミサイル開発で中心的な役割を果たしてきた。習近平主席が強い関心を持っている分野だ。習近平主席は、李尚福大臣を高く評価し、3月に国防大臣に抜てきしている。
中国は、李尚福大臣への制裁の解除を求めてきた。アメリカ側は、制裁対象のままでも会談を開こうと伝えてきた。だが、中国側は結局、「習近平主席の評価が高く、新しく就任したばかりの防衛大臣が制裁対象のままなのは容認できない」とメンツの問題もあったのだろう。
アメリカにしても、中国にしても不安定な関係が続くと、経済や外交で大きな負担になる。シャングリラ会合のような国際的な会議が、関係をいいものにする転機になるはずだった。
◆関係正常化への歩みを探り始めている米中
国際社会にとっても、いつまでも米中がいがみ合っているのは、歓迎できない。ただ、ケンカをしながらも、米中の間ではさまざまな動きが出ている。5月25日にはアメリカと中国の商務大臣の会談がワシントンで実現した。
それに先立つ5月前半には、国家安全保障担当のサリバン大統領補佐官が中国の王毅・政治局員と、オーストリアのウィーンでひざ詰め会談した。王毅氏は現在、中国外交のトップ。会談は2日間で計8時間以上に及んだ。高官同士の対話が動き出している。
悪循環を避けるため、アメリカも中国も関係の正常化への歩みを探り始めている、と言ってよいのではないか。米中関係は、これまでも「山あり、谷あり」だった。「谷」=つまり、関係がよくないと、どちらも「山」を目指す=つまり、よい状態を目指す。ただ、経済分野とは違い、軍は別格の存在。今はアメリカに甘い顔はできない、ということだろう。
現時点では、正式な米中間の国防大臣会談は行われない。ただ、シャングリラ会合で予定されている催し、レセプションなどの場を利用し、アメリカと中国の国防大臣が、言葉を交わすなど接触することがあるはずだ。それが実現すれば、李尚福氏が今年3月に国防相に選出されてから初めて、2人の顔合わせとなる。
そういう機会があれば、関係改善への次のステップにつながるのではないか。冷たい対応に終始しても、成果はなくても、双方とも、その辺りのあうんの呼吸を理解しているはずだ。
その次は、延期されたままになっているアメリカのブリンケン国務長官の中国訪問につながることに期待したい。11月になれば、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議がサンフランシスコで開かれる。アメリカで開かれるAPEC首脳会議に習近平主席も出席する。バイデン大統領と個別の首脳会談を行わないわけにはいかない。環境整備が必要なのだ。
来年の年明け早々には台湾の総統選挙も控えている。このままでは、台湾をはさみ、米中の対立が一段と拡大する危険性もある。アジア・太平洋地域の、環境は変わりつつある。シャングリラ会合の機会を少しでも生かす努力を、米中双方で行ってほしい。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。