桐生祥秀(27、日本生命)が完全復活した。木南記念(5月6日・大阪ヤンマースタジアム長居)男子100m予選で10秒03(+0.7)をマーク。決勝は10秒26(-0.3)で、10秒12の坂井隆一郎(25、大阪ガス)に敗れたが、自己記録の9秒98に0.05秒、世界陸上ブダペスト参加標準記録の10秒00に0.03秒と迫った。また、昨年6月の日本選手権後に休養期間を設けた桐生にとって、10秒10未満の記録は約3年ぶり。「10秒0台や9秒台を、またどこかで見せたい」。日本人初の9秒台を成し遂げたパイオニアが、再び第一線に立った。

桐生らしい突然の復活劇

突然の復活劇だった。

前戦の織田記念は予選、決勝とも10秒29(両レースとも+0.5)。昨年の6月を最後に休養に入り、今年2月に復帰したが目立ったタイムを出していなかった。桐生自身も「この大会は10秒1台を狙っていた。想定以上のタイムです」と驚いた様子だった。

焦らず、一段ずつ階段を上がっていく。そんな道筋を描いていた。「練習では残り20mはやっていない区間」だった。それでも「スタートからの流れも上手くいき、やりたいレースはできました」と桐生。

「スタートから50mまではいい感じで、70mまでにケリをつけて、残りの30mはわからないまま走ろうかなって。今の練習のコンセプトでも50m、60m、70mは着々と来ているので、そこはいい練習になったかな」

だが、いきなり好タイムを出すのは、桐生らしくもあった。洛南高3年時(13年)の4月に10秒01(+0.9)を出した当時、前年までの自己記録は10秒19だった(高校生としては断トツの速さだったが)。東洋大4年時(17年)9月に9秒98を出したときも、シーズン前半の日本選手権は4位と敗れ、世界陸上ロンドン大会は4×100mリレーだけの出場だった。

木南記念は桐生らしい復活劇だった。

復帰後初、3年ぶり通算23回目のサブ10秒10

日本人初の9秒台をマークした桐生は、高いレベルの記録を出し続けてきたことも特徴だ。10秒10未満のレース数は今回の木南記念が23レース目。日本記録保持者の山縣亮太(30、セイコー)は14レース、昨年の世界陸上オレゴン7位入賞のサニブラウン・アブデル・ハキーム(24、タンブルウィードTC)は15レース。本人は「そこを目指しているわけではない」と話したことがあった。もっと上の世界と戦うレベルを目指しているが、群を抜いて多いのは事実だ。


だが、今回の10秒03は、過去の10秒10未満とは意味合いが違う。13年以降20年までは、18年を除き毎年出していたタイムを、21~22年は出せなかった。

「いつぶりだろう」と桐生自身も感慨深そうに話す。記録だけでなく、自身のケガや体調不良への対応のため、休養期間を設ける決断をせざるを得なかった。

「アキレス腱も痛くなくて、何もケガなくて、ちゃんとトラックに立ってたのは。東京オリンピック前から痛めていたので。今は自分自身でレースプランを立てて、どこでどういう走りをしたいかを考えています。成果が着実に出てきているのは、休養させていただいたおかげだと思っています」

世界陸上ブダペスト大会は狙っていなかったし、木南記念のレース後も、パリ五輪の標準記録が有効になる8月以降に合わせて行くと明言した。だが昨年の世界陸上オレゴン100m金メダリストのフレッド・カーリー(28、米国)ら世界トップスプリンターたちが出場するゴールデングランプリ(5月21日・神奈川県日産スタジアム)は「走りたいな」という気持ちが生じている。

「やはり帰ってきて、速い桐生を見せたい。それには10秒2台、3台ではダメだと思います。10秒00台や9秒台を、またどこかで見せたいなと思います」

復調を焦らず、自身のペースでもう一度世界に挑む。そのプロセスを見守りたい。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)