山の上の遺跡と麓のマチュピチュ村はつづら折りの道でつながっていて、観光客はバスで行き来します。

オレンジ色の民族衣装を着たグッバイ・ボーイは山頂で「グッバイ」と叫んでバスを見送ると、すかさず斜面を駆け下りてショート・カット。次のカーブに先回りして同じバスの前に現れ「グッバイ」と叫び、また斜面を駆け下り次のカーブで「グッバイ」を叫ぶ・・・これを麓まで繰り返して観光客からわずかなチップをもらうのです。周辺の農民の多くは貧しく、地元でありながら当時10ドルの入場料が高くてマチュピチュを観たことがない人ばかり・・・そんな現地の事情を伝えるなかでのエピソードでした。



それから20年後、「あの世界遺産は今」という放送20年スペシャルでもマチュピチュを取材しました。村の人々に、第1回放送のグッバイ・ボーイの映像を見てもらって消息を尋ねたところ、一人のおじさんが「こりゃ、あいつじゃないか」と携帯電話で呼び出してくれました。

現れたのは28歳の青年で、映像を見ると「確かに僕です」とのこと。自宅に同行すると、結婚したばかりの新妻が待っていて、裕福ではないけれど幸せそうな感じでした。今は警備の仕事をしているという元グッバイ・ボーイが取り出してきたのは、当時のオレンジ色の衣装。

グッバイ・ボーイという行為自体は危険だということで現在は禁止されているのですが、将来、子どもが出来たら「お父さんは、この服を着て、マチュピチュを駆け抜けたんだ」と伝えたいと大事に保管していました。このシーンが放送20年スペシャルのエンディングとなり、第1回放送のエンディングで登場したグッバイ・ボーイは、20年の時を経て、再び番組の最後を飾ったのです。
今年2月中旬から観光客の受け入れを再開したマチュピチュ。一時閉鎖の原因となったペルーの反政府デモは、現政権が前大統領のカスティジョ氏を拘束したことに端を発しています。農家出身のカスティジョ氏の支持層は、山間部や農村に暮らす貧しい人々で、彼らが首都リマに集まってカスティジョ氏の解放を求めてデモを行っているといいます。
「忘れられた人々」と呼ばれる、ペルー奥地で経済格差に苦しむ層・・・それはかつてのグッバイ・ボーイの姿と重なるところがあります。
執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太