帰ってきた歌声

2020年2月、Jリーグは公式戦の開催延期を発表。J1、J2は中断。

当時、J3だったロアッソ熊本も開幕が6月にまでずれ込んだ。

リーグ戦が再開されても、まずは観客なしでの開催。

再び観客動員が始まっても、ガイドラインに基づいた厳格な感染症対策が施され、Jリーグの試合会場の雰囲気は様変わりした。

感染対策の一つが「歌などの声出し応援の禁止」。

ロアッソ熊本の「HIKARI」も歌えなくなってしまった。

何とか「コロナ前」のスタジアムに近づけようと、クラブ側はあらかじめ録音した歌声をスピーカーを通じて流すなど、苦心する日々が続いた。

その後、いわゆる「ウィズコロナ」の生活様式が確立されていく中で、コロナ禍となって3年目の昨シーズン途中から、スタジアム内の一部エリアでの声出し応援がようやく解禁になった。

そして今年、ついに声出し応援が全面的に解禁され、4シーズンぶりにスタジアムに生の歌声が響き渡った。

フルボリュームの「HIKARI」が戻ってきた瞬間だった。

この時を、特に心待ちにしていた選手がいる。

熊本市出身の大卒2年目、DFの江﨑巧朗(23)と八代市出身の大卒ルーキーで
同じくDFの相澤佑哉(22)だ。

2人は子どもの頃、ロアッソ熊本を「応援する側」として「HIKARI」を歌っていた。

ロアッソ熊本のファンであり、チームを目標としてきたサッカー少年が時を経て、それぞれロアッソ熊本の選手になった。

ルーキーの相澤はもとより、コロナ禍の中で加入した2年目の江﨑も、選手としてスタジアムでフルボリュームで生の「HIKARI」を聞くのは初めての体験だった。

DF 江﨑巧朗

昨シーズンと比較した江﨑は、「(録音でも)気持ちは伝わってくるが、実際に声を聞いた時の方が熱量をすごく感じるし、より迫力があって、生の歌声はすごく胸が熱くなる」と話す。

やはり、スイッチが入る瞬間であり、「HIKARI」を聞きながら、心がメラメラと燃え始めるのだそうだ。

相澤は、ルーキーながら「HIKARI」に強い愛着を感じていたという。

というのも、相澤はロアッソ熊本の下部組織出身でもあるからだ。

「チームにとっても自分にとっても特別なセレモニー」と口にしたあと「楽しみにしていたことの一つ。目をつぶって聞いていたが、涙がこぼれ出る寸前までウルっときていた」と明かしてくれた。

DF 相澤佑哉

選手たちにとって「HIKARI」がいかに大きな力を持った歌であり、掛け替えのないものであるかが伝わってくる。

コロナ禍を乗り越えた「HIKARI」、けれど途切れたのは実はこの時だけではなった。

2016年4月に発生した熊本地震だ。