東日本大震災、東京電力福島第一原発事故の発生から3月11日で12年です。福島県内では、行方不明者の捜索が行われ、各地で追悼式典が開かれました。
津波で甚大な被害を受けた浪江町請戸では、警察が行方不明者の捜索を行いました。震災による死者は関連死を含めて3935人、今も224人の行方がわかっていません。また、2万7千人あまりが県内外に避難しています。
県が主催した追悼式には、岸田総理や内堀知事などおよそ300人が出席しました。式では、内堀知事が「福島を希望の地へと変え必ず復興を成し遂げます」とメッセージを読み上げました。
そして、遺族を代表して津波で両親を亡くした南相馬市の宮口公一さんが、追悼の言葉をのべました。
遺族代表 宮口公一さん「この震災の教訓を生かし、決して忘れないようにしていかなければなりません」
終了後、岸田総理は、海への放出時期が迫る福島第一原発の処理水について、地元の理解を得ることを強調しました。
岸田総理「漁業者をはじめ、地元の方々の懸念に耳を傾け、政府をあげて、丁寧な説明と意見交換を重ねてまいります」
大熊町の空高くに掲げられた、2023羽の折り鶴。
原発事故で一時全町避難となった大熊町では、町民による「復興のつどい」が開かれました。会場となった役場前には、町民など約150人が集まり、アーチに折り鶴を掲げました。
会場には、今年4月から町内に戻る義務教育学校・「学び舎ゆめの森」の児童や生徒たちも集まり、メッセージを書いた折り鶴を飾りました。
学び舎ゆめの森 後藤愛琉さん(4年)「大熊がにぎやかな町になってほしい思いで書きました」
折り鶴には、戦火に見舞われているウクライナや地震で被災したトルコの国旗をイメージしたものもあり、町民たちは、復興や平和への願いを新たにしていました。














