走高跳から転向4年目で走幅跳の頂点をうかがうポジションに

秦は大学(武庫川女大)までは、走幅跳ではなく走高跳が専門だった。自己記録は大学1年時にマークした1m82(その年の日本2位記録)で、そのシーズンで自己記録を10cmも伸ばした。2年時も1m81(同1位記録)、3年時も1m80(同2位記録)と、日本トップレベルのジャンパーだったが、世界陸上や五輪に出場するには1m90以上を跳ぶ必要があった。

4年時に1m75(日本13位)と記録を下げたのに対し、走幅跳では6m24(日本6位)を跳んだ。19年にシバタ工業に入社するときは、走幅跳中心で競技をしていく気持ちを固めていた。

19年に6m45と、自己記録を21cmも伸ばした。大学1年時に走高跳で10cmも記録を伸ばしたのは、跳躍専門のコーチの指導を受け始めたことも大きかった。実業団1年目は、走幅跳と三段跳で多くの日本トップ選手を育てた坂井裕司氏の指導を受け始めた。

入社2年目の屋外シーズンは6m25にとどまったが、3年目の21年に6m65とまたも自己記録を20cm伸ばした。4年目の昨年は6m67がシーズンベストで、自己記録の更新は2cmだったが、6m60以上を跳んだ試合数は21年の1試合から3試合へと増えている。アベレージが大きく上がった状態だったところに、今季の新しい助走が加わって記録に結びついた。

「走高跳で10cm更新したときほど衝撃的ではないですけど、私はボーンと更新できるタイプだと思っています。ただ、入社1年目に6m45を跳んだ頃は、自分を奮い立たせる意味で“日本記録が目標”と言っていましたが、具体的に見えてはいませんでした。21年に6m65を跳んだときもまだ、現実的ではありませんでしたね。それが昨年6m67を跳んだ頃は、日本記録を壁に感じなくなっていました。狙って跳べる記録だって。今は6m85まで行けるベースがある感覚を持てています」

昨年のオレゴンがそうだったように、標準記録が跳べなくても世界ランキングで代表入りする可能性は大きい。だが今季の秦は、標準記録の6m85を跳んでブダペストに行くつもりだ。そのくらいの記録を持っていないと、世界陸上では戦えない。

「オレゴンでは(6m39で)予選を通過できませんでしたが、ブダペストでは必ず予選を通過して、決勝を跳びたいです」

昨年は6m64の選手までが決勝に進出した。今季の秦は、スピードを全開にしなくてもそのくらいを跳べる力がある。それをアジア室内選手権で実証した。現時点でも決勝進出の力はあるが、日本記録保持者となってブダペストに臨めば、より大きな自信を持って世界と戦うことができる。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真は2022年日本選手権の秦選手