両親の苦悩と終わらない捜索

そうした苦しい中で、父が1匹の犬を当時飼ってくれました。

これはおそらく、残された9歳の双子の弟が、心を病んだりとか、道にそれたりしないようにということで、とにかく家庭の雰囲気を明るくしなくてはと多分思って、犬を飼ってくれたんだと思います。

その犬を散歩に連れて行くのは父でした。

雨の日も雪の日も、朝夜ずっと父が散歩係をやっていまして、そしてある時私が一緒に海沿いの護国神社を一緒に散歩した時に、当時も私自身がそんなこと考えたくなかったんですが、もしかしたら落ちている松葉の下にめぐみが当時着ていた学生服のボタンとか、履いていた靴の片方とか、持っていたカバンの何かが落ちているんじゃないかってことを思いながら散歩をしていて…。

そのことを、松林の中でボソッと一度だけ父に言ったことがあるんです。

こうした気持ちで今散歩してるんだけど…、っていうことを言ったらですね、父は、普段家庭の中でそんなこと一切子供たちには言っていませんが、その時に「いつも自分はそうやって散歩してるんだ」っていうことを言い返してきました。

本当に苦しい毎日でめぐみの手がかりを探してるんだってことを、その時悟りましたし、大人や親に使う言葉ではないですけれども、本当に父が可哀想でならなかった。なんでこんなことを父が抱えなくてはいけないのかっていうことを感じながら散歩したことを、今でも覚えています。