図画工作の教諭として東京都に採用された石川千佳子さん
殺害された石川千佳子さんの実家は、男の実家からわずか数キロ先の同じ小樽市内にあります。
千佳子さんは、地元の進学校から美術の教諭を目指して、札幌の教育大学に進学しました。
大学で同期だった女性は千佳子さんについて「友達の前で自己主張をするタイプではなくて、どこか内に秘めた感じというか、そういう学生でした」と振り返ります。
千佳子さんは大学を出た後、図画工作の教諭として東京都に採用され、1972年(昭和47年)に足立区内の小学校に着任しました。
その1年後、夜間の警備員として同じ小学校で働き始めたのが、千佳子さんと同じ小樽から東京に出ていた、その男でした。














