政権交代の受け皿となる大きな塊を目指した、中道改革連合が事実上の分裂へと追い込まれました。
反自民への受け皿を目指そうとした中道 結党わずか7か月で頓挫

中道改革連合 小川淳也 代表(8月31日)
「この三党の合流がこの時点において実現しないということは、大変申し訳なく、残念なことだと思っている」
苦渋の表情で語ったのは、中道改革連合の小川代表。

31日、「中道改革連合」「立憲民主党」「公明党」の代表が会談を行い、3党合流の見送りを発表します。
これを受け、中道所属の衆院議員は、公明出身と立憲出身で、事実上分裂する見通しとなったのです。
高市政権に対抗し、政権交代の受け皿を目指そうとした試みは結党わずか7か月で頓挫した形に。

中道改革連合 野田佳彦 共同代表(当時・1月16日)
「右にも左にも傾かずに、政界再編の第一歩を踏み出す戦いになると思う」
今年1月、衆院選直前に結党した中道改革連合。立憲、公明の出身者ら合わせて167人という大所帯で、198人の自民党に十分対峙できる勢力でした。ところが...

ふたを開けてみれば、自民党が単独で3分の2を占める結果となり、中道は惨敗。立て直しができないまま、瓦解へと追い込まれたのです。

街の人
「選挙でにわかにくっついたから、もう無理」
「自民党に対抗できる一つの塊として、成功してほしかった」
振り返れば、これまで数多くの野党が、自民党に対抗しようと生まれては消えていきました。

戦後、保守合同で誕生した自民党に長く対抗したのが社会党。

その後、野党第1党となった民主党が2009年、政権交代を実現しますが、3年余りで自民党に政権を明け渡します。

その後の、安倍政権下で、民主党の流れを組む民進党が、小池都知事が立ち上げた「希望の党」への合流をめぐり分裂。リベラル色の強い議員を中心に誕生したのが立憲民主党でした。
自民党に対抗しうる勢力として有力視された立憲民主党。ところが、それを引き継ぐ中道が分裂することになり、核となる野党が不在になったのです。














