サラブレッドと騎手がプライドをかけて駆け抜ける競馬。レースが行われる中央競馬場は全国に10か所あり、その一つが福島競馬場です。開催時期には多くのファンの歓声が響き渡ります。
レースの主役である競走馬とジョッキーを一層引き立たせるのが、色鮮やかな「勝負服」です。これは馬主が自分の馬をレース中に見分けやすくするために着用するもので、その勝負服を専門に作る会社が福島競馬場の近くにあります。
大正13年創業の「河野テーラー」。全国でも数社しかなく、東北・北海道では唯一の勝負服専門店です。日本を代表するジョッキーの武豊さんも訪れたことがあるというこの老舗は、現在3代目の河野正典さんが暖簾を守っています。
創業当初は乗馬ズボンに特化していましたが、福島の立地を活かし、徐々に勝負服を手がけるようになりました。
「川俣の絹生地が手に入りやすかったこと、店の向かいに染屋があったこと、そして競馬場が近かったことから勝負服を手がけ始めました」と正典さんは語ります。JRAの馬主が増えるにつれて、勝負服の注文が多くなっていきました。
縁起物だからこそ守る、職人のこだわり
河野テーラーが手がける勝負服には、先代から受け継がれてきた強いこだわりがあります。
勝負服は縁起物だから、縁起の悪い行動はしないようにとずっと言われてきました。そのため、一人の職人が最初から最後まで仕上げまでを一貫して担当するのです」
この約100年続く伝統を守りつつ、新しい挑戦も続けています。その一つが素材の革新です。
体重制限が厳しいジョッキーは、軽量化に苦労することが少なくありません。彼らがレース前に少しでも水を飲めるようにと、勝負服はわずか100グラムから200グラムという驚異的な軽さを実現しています。
異業種から家業へ、3代目の決意
この道一筋に見える正典さんですが、意外にも元々は違う仕事をしていました。
「この仕事に就く前は旅行会社に勤めていました。仕事でお客様と食事に行くと、そこに競馬界の方々がいて『河野テーラーを知っているぞ』という話をよく聞いたんです」。
幼い頃から「お前が継げ」と言われ続けてきたこともあり、その経験をきっかけに家業を継ぐことを決心。未経験から職人としての道を歩み始め、2006年に3代目として就任しました。
震災を乗り越え生まれた、感謝の形
しかし就任から5年後、東日本大震災が発生。直後には勝負服のキャンセルが入り、福島の競馬開催がなくなったことで、全国から訪れる馬主や調教師への営業機会も失われました。
ところが、落ち着きを取り戻し始めると、今度は全国から温かい言葉や支援が届くようになります。「地方競馬の方々が『お客さんを紹介してあげるよ』と言ってくれたり。本当に人に救われたと感じました」と正典さんは振り返ります。
この時の感謝の気持ちを形にしたいと始めたのが「ミニチュア勝負服」作りでした。
裁断時に出てしまう端切れを再利用して作られるこのA4サイズのミニチュア勝負服は、ファンへの感謝と、資源を無駄にしないという思いから生まれました。本物と同じ製法で一つ一つ丁寧に手作りされており、その人気から福島市のふるさと納税返礼品にも選ばれ、全国から注文が寄せられています。
「歴史が古いので、変えられない部分は守りつつ、同じことを10年、20年とやっていてはお客様に飽きられてしまいます。常に機能性など新しいことに挑戦しながら、この店を守っていきたいです」。
伝統を守りながらも革新を続ける河野テーラー。その色鮮やかな勝負服は、今日もどこかの競馬場でファンを魅了しています。
『ステップ』
福島県内にて月~金曜日 夕方6時15分~放送中
(2026年8月27日放送回より)














