異国の故郷「宮城村」
記憶を頼りに探すのは、少年時代を過ごした異国の故郷です。

早川豊美さん:「こっちだここだ」
中国東北部の佳木斯(じゃむす)。

早川豊美さん:「ここに開拓団で行って佳木斯というところ」
宮城から満州に渡った人が生活する「宮城村」と呼ばれる集落がありました。

宮城県石巻市に住む早川豊美さん91歳は、粕川(かすかわ)村、現在の大郷町の生まれで、父と母に連れられ満州に渡りました。
当時まだ4歳、87年前の1939年のことでした。

早川豊美さん:
「政府が満州への開拓団を奨励したから行こうとなった。(実家は)農家ですからそれだけ生活が苦しかった」

日本が主導し1932年に中国東北部に建国された「満州国」。農業移民500万人を送り込む計画は、国策として進められ、宮城からも1万人以上が開拓団として渡ったとされています。
現地では、中国人を雇い、トウモロコシやジャガイモなどを作る自給自足のような生活でしたが、戦時中でも苦労は少なかったと早川さんは振り返ります。

早川豊美さん:
「鶏や豚を飼っていたので、肉や卵を食べられた野菜も作っているし」














