「万丈の深淵」へ向かう覚悟と三つのノー

2011年に中国で出版された『朱鎔基講話実録』という書籍があります。在職中に彼が発した言葉を集めたものですが、そこからいくつか拾ってみましょう。まずは1998年3月、首相に選出され、内外の記者たちを前にした就任会見での言葉です。

「たとえ、行く手に地雷原があろうとも、万丈の深淵があろうとも、私は勇往邁進し、ためらうことなく、全力を尽くして死ぬまで働く」

「万丈の深淵」とは、底なしの非常に深い淵、つまり抜け出しがたい極めて危険な状況を指します。地雷が埋まっているかもしれない場所へ、脇目を振らず果敢に突き進んでいくという強い決意表明です。当時、中国は「国有企業」「金融システム」「行政機構」という三つの大きな病巣を抱えていました。この三大改革を断行し、はびこる抵抗勢力や腐敗を排除するということを、国民に力強く約束した瞬間でした。

部下や組織に清廉さやクリーンさを求めるためには、まずリーダー自らが実践しなければなりません。朱鎔基氏は首相になる前から、自身に「三つの約束」を課していました。

「揮ごうしない」「テープカットなどの式典に参加しない」「贈り物を受け取らない」

いわば「三つのノー」です。「揮ごう」とは、政治家や著名人が施設の完成に合わせて名称や自分の名前をサインし、それが看板になることです。揮ごうや落成式のテープカットに出席すれば権威付けに利用され、そこには金品のやり取り、ひいては賄賂が発生します。だからこそ「ノー」だったのです。彼は「タバコ1本、酒1瓶も絶対に受け取らない」とも断言していました。

こんな逸話もあります。朱氏が地方へ視察に行った際、食事の時間になると、地方の役人がテーブルに豪華な料理をいくつも並べてもてなそうとしました。そこは決して豊かな地域ではありません。朱鎔基氏はどうしたか。豪華な料理には一切手を付けず、茶碗1杯のコメだけを食べ終えると、無言のまま席を立ったそうです。彼はこうも語っています。

「勤勉でも、清廉でもない。タダで飲み食いしては勝手に指示を出し、コネで人を採用する…。国家の財産を顧みもしない者が、役職柄、報告をしているだけなら、部下たちが陰で罵るのは当然だろう」

贅沢を排し、自らを律する。そんなリーダーがいればこそ、部下はついていこうと思うものです。中国の庶民が彼に喝采を送ったのも頷けます。