Q9年前の話もありましたが、ハードルを辞めようかと思ったとおっしゃってましたが、そこからこれだけコツコツと積み重ねてきたこの過程っていうのは改めて振り返ってどう感じていますか?
中島:こういう風にタイムだけをパッて見た時に何回も出しているので、すごい絶好調だなっていうお言葉をいただくことが多いんですけど、私は本当に下積み時代が長い選手なので、絶好調っていうよりかは本当にコツコツ自分自身周りからは見えないことを色んなことを吸収して拾っていって、繋がっているものだと思うので、私は今こういう日本記録っていうものよりもそれまでの過程っていうのがものすごく大切に思いますし、これからも競技がなくなってもそこが生きる、私の中で物凄い大事なものだと思うので、それがより積み重なっていけばいいのかなっていう風には、そこのスタンスは全く変わってはいないです。
Q予選からスタートがすごいよかったなという印象を受けたんですけど、スタートとかで何か今までと変えたりとか何か意識してることとかありますか?
中島:あんまり予選のスタートの感覚は良くなかったんですけど、スタートを早く出たいっていうよりかは、後半にいかに繋げられるスタートを切れるかっていうところはすごい大事にしているので、早く出なくてもそこのスピードに乗れるようなアプローチをできるように、決勝(前)はもうハードルは毎回飛ばないんですけど、本当にスタブロ(スターティングブロック)だけ合わせて、しっかりとスピードに乗れているかっていう確認だけをして決勝には向かいました。
Q昨年の世界選手権で決勝に上がれないというのがあり、やっぱり12秒50台っていうのはかなり世界を意識された数字だと思うんですけど、改めて日本のハードル界を引っ張りたいという思いはありますか?
中島:引っ張りたいというよりかは引っ張ってもらっていた人間なので、寺田(明日香)さんがそういう扉を開いてくれた中でそこに続いて、みんなが切磋琢磨していってる中になかなかまだ全然乗れていない頃もすごくあったので、私自身その姿を見て、年長組がすごい多かったのですごく勇気をもらえたというか、私自身年齢が関係ないんだなっていう風にも思う存在だったので、私も競技者として今若い子たちにもそういう選手でありたいというか、競技をやっている中でいいことばかりじゃないけど、こうして走っている、しかも同い年とかもすごい色んな強い選手がいる代なので、そういうのを見て何か希望だったり勇気を与えられるような選手になれたらいいなと思っています。
Q寺田さんから印象的な言葉ってもらったりしました?
中島:日本選手権の時に、すごくハードリング全体的にコンパクトになったねっていう風に言ってもらって、そこからよりコンパクトにしたいなと思いました(笑)

















