陸軍に入隊、中国に送られた父

出口敬子さん
「これが父の字で書いたものなんですね」

7年前に亡くなった出口さんの父・一(はじめ)さんは、20歳だった1943年3月、陸軍に入隊。
航空機の整備などを行う「航空技術兵」として中国に送られました。

出口敬子さん
「爪と髪の毛を入れて、もし亡くなったらこれを骨の代わりにしてくださいと」

復員後、八幡製鉄所で働きながら、妻と2人の娘を支えていた一さん。

10代のころから書き続けていたという日記からは、子煩悩で家族思いな人柄がうかがえます。

出口敬子さん
「自分のことだけじゃなくて『妻は今日は踊りの出稽古に行った』とかね、何時に帰ったとかね、うちの母のこととか、私が学級委員になったとか家族のことを日記にいつも書いてて」

















