トヨタ自動車の社長・会長や、経団連の初代会長を務めた奥田碩さんが亡くなりました。93歳でした。
奥田碩さん(1997年)
「(Q.〈プリウスは〉成功すると思いますか?)そりゃしますよ。(Q.〈成功〉させるんですか?するんですか?)するんです」
奥田さんは三重県の出身。1955年に当時の「トヨタ自動車販売」に入社し、1995年「トヨタ自動車」の社長に就任しました。
アメリカや中国へ積極的に進出して、「世界のトヨタ」としての地位を確立したほか、1997年に世界初の量産ハイブリッドカー「プリウス」を市場に投入し、脱炭素社会に向けた取り組みの先駆けとなりました。
1999年、会長に就任した後は主な活動の場を財界に移し、日経連の会長を務めると、2002年からは日経連と旧経団連が統合して誕生した、いまの経団連の初代会長に就任しました。また、政府との関係構築に取り組んだ経営者としても知られています。
小泉政権では、経済財政諮問会議の民間議員を務め、構造改革に協力する“財界総理”としての手腕を振るいました。また、各国の政財界の指導者との人脈を活かし、総理大臣の特使を務めるなど外交面でも存在感を発揮しました。
関係者によりますと、奥田さんは8月8日に、93歳で亡くなったということです。
経団連は筒井会長が談話を発表し、「常に時代の先を読み、事業を展開した卓越した経営者だった。奥田さんの意思を受け継ぎ、将来世代への責任を果たすため、全力で取り組んでいく」とコメントしています。
トヨタ自動車は、「ご冥福をお祈りします。ご遺族のご意向で家族葬になっております。お別れの会など、今後は未定です」とコメントしています。
注目の記事
【お盆に考える】増える「墓じまい」 解体された墓石の“その後”は 住職が語る家族での話し合いの大切さ 岩手・花巻市

原爆投下から2か月後に生まれた女性「人には絶対に言ってはいけんよ 差別される」長年胸にしまった思いを次世代に【岡山】

女子生徒にわいせつ、女児に裸の写真を送らせ…低年齢化する性被害、法律だけでは解決しない理由とは「自校は関係ないと思っていた」【前編】

「こんなに重くなるとは」肺の生活習慣病『COPD』 死亡者数は年間1万6千人で交通事故死亡者の6倍 医師が警鐘

「ガソリン届けようと…」車中泊で死亡女性の遺族が胸中語る 熊本地震“見えづらい避難者”どう支えるか “要配慮者”避難の現状 子どもの心ケアする医師も【報道特集】

「何度も何度も追突されて...何が目的か本当に理解できない」結婚式の衣装合わせに向かっていた夫婦が直面した「死の恐怖」東名高速で続いた約1.7キロの追突=静岡









