
集落の人それぞれが防空壕を掘り始めたのが、1943年(昭和18年)ごろだったといいます。
中村さん:
「当時はね、今のように灯りがないから、蝋燭一本で掘ったですよ」
つるはしや鍬を使い手作業で掘り進め、完成したのは1945年(昭和20年)のはじめだったといいます。集落全体で6つの防空壕が完成しましたが、雨による崩落などで今残っているのは中村さんの自宅のものだけとなりました。

関谷記者:
「防空壕は実際使われたんですか?」
中村さん:
「そうですね、一回だけ。昭和20年の7月6日の晩かな」
七夕空襲と呼ばれた甲府空襲です。深夜、ラジオから警戒警報が伝えられたといいます。














