作ったのは中村さんの父親で農家だった福壽さん。当時9歳だった中村さんも防空壕作りを手伝いました。

中村さん:
「役場の職員が2名ほど巡回してきて、『今、日本の国は鉄砲はあるけども使う弾が無い』と。お蔵の窓に指をさして、『あれ(鉄格子)をもらってくだ』と窓を壊して3本の鉄筋を持って行った」


そのときやり取りを中村さんは見ていました。

中村さん:
「自分で自分の身を守るには、防空壕を掘ろうと」