「首里三箇」という豊富な水と肥沃な土地

沖縄県酒造組合 佐久本学 会長:
「首里崎山町、赤田町、鳥堀町、首里三箇は、もともと水が豊富。良い土壌、田んぼができる状況で、そこで首里三箇と言われるようになった。良いお米ができるなら、良いお酒ができるという流れだったようです」

米と水、泡盛づくりに必要な材料がそろっていた首里。首里城にある「龍樋(りゅうひ)」はその昔、水が豊かな土地だったことを今に伝えています。

龍樋の水は国王の飲み水として使われていたと考えられていて、中国皇帝からの使者「冊封使」にも振舞われていました。