評価を焦る検事と「割る」ことへの執着
検察内部では、容疑者を取り調べて、完全に罪を認めて自白させることを「割る」と言います。自白を取るのが巧みな検事は「割り屋」などといわれて重宝されていたものです。私が担当記者時代には、検察の幹部との間で「(容疑者の)●●が割れてないんだよね」とか、「(検事の)●●がまだ割ってないんだよ」などという話になったことがあります。当時はいわゆる「戦前」ではあっても「自白偏重はよくない」と一般に言われている中で、やはり「割る」ことへのこだわりには強いものがあったのです。
2003年に国会議員の鈴木宗男さんがあっせん収賄罪で東京地検特捜部に逮捕された事件があり、その過程で逮捕された元外務省主任分析官で現在作家の佐藤優さんと、取り調べを担当した西村尚芳検事が対談した『特捜取調室』という本が出ている(私はこの事件を担当したので思わず買って読みました)のですが、その中で西村さんは威圧的な取り調べについて「うまくしゃべらせないと自分の評価が低くなるのではないかと焦る検事がいる」と言っています。「自分が名を上げたいという意欲が強すぎると上から目線で調べてしまう」とも言っています。現職の特捜検事だった人が言うのだからそうなのでしょう。実際、私も先ほど言った「割り屋」といわれる検事から「実はずいぶん無理をしていた」と聞いたこともあります。
西村さんも声を荒げたことがあると明かしています。「そんなバカのことがあるか!」と怒鳴ったそうですが、容疑者が明らかに嘘の供述をしたからだということです。取り調べで淡々と「はい、そうですか」というわけにいかないことが多いのも当然のことです。
かつて取材した中で、何日もかけて資料をシュレッダーにかけて証拠を隠滅したとか、客観証拠があっても否認するということは何度もありました。巨悪は眠らせてはいけませんし、罪は償ってもらわなければなりませんので、検察官には果敢に捜査し、厳正に取り調べをしてもらわなければなりません。今回の件で、萎縮するようなことがあってはなりません。














