愛媛県松山市の商店街・銀天街の東側入り口にある、大きなタヌキの石像。
市内に住んでいる方にとってはよく見かける存在だろうが、いつから・なぜここに置かれているのか知っているだろうか?

松山市の商店街にあるタヌキ像

■あの“タヌキ像”の謎 商店街に聞いてみた

松山中央商店街の管理や広報を担う「まちづくり松山」の日野二郎会長に聞いてみた。

まちづくり松山 日野二郎会長
「札幌の狸小路商店街と松山の商店街が姉妹縁組を結び、その記念としてあの場所にタヌキ像を設置されたんです」

2001年の姉妹縁組締結式

北海道札幌市にある狸小路商店街には、街のシンボルとして「狸大明神」が祀られている。
そのご本尊にあたるタヌキが、松山出身の“本陣狸”と千葉県木更津市は証城寺の“上総御膳”である。2匹は1973年、夫婦となり札幌で結婚式を挙げた。その際、狸大明神のご神体として、松山出身のタヌキ研究家・富田狸通(とみたりつう)氏が2匹をかたどった木彫りのタヌキを寄贈した。
こうした縁がきっかけで2001年1月、松山の中央商店街と札幌の狸小路商店街は「姉妹縁組」を締結。それからおよそ半年後の6月に、姉妹縁組を記念し松山市がこのタヌキ像を設置したのだそう。

■これだけじゃない! 個性豊かな愛媛の“タヌキ伝説”

商店街のタヌキ像の謎は解けた。
と、ここで日野会長から気になる話が・・・。

まちづくり松山 日野二郎会長
「伊予はもともとタヌキの国らしいです。タヌキにまつわる伝説が非常にたくさんある土地」

なんと! 愛媛県内には、商店街のほかにもたくさんの歴史あるタヌキ像があるのだという。
調べてみると、各地の寺や神社にご神体として大小様々な姿のタヌキが祀られていた。

――なぜ愛媛にはこんなに多くのタヌキがあるのか。

情報を求め、愛媛のタヌキに詳しい人物がいるという松山市の兎月庵(とげつあん)を訪れた。
出迎えてくれたのは、小椋浩介(おぐらこうすけ)さん。
松山の郷土資料を数多く展示する兎月庵の館長の務める傍ら、「伊予たぬき学会」の顧問として県内外の愛好家を相手にタヌキに関する講演も行っている、まさに“タヌキのエキスパート”だ。

松山兎月庵 小椋浩介館長
「愛媛にはたくさんの有名なタヌキがいますよ。例えば“喜左衛門狸”が有名です」

愛媛県西条市の大気味(おおきみ)神社に祀られている“喜左衛門狸(きざえもんだぬき)”

大気味神社の喜左衛門狸

神通力を持つ“四国三大タヌキ”の1匹で、その名は上方まで知れ渡ったという。
実はこのタヌキ、日露戦争の際、小豆に化けて大陸へと渡り日本軍の一員として出兵し、大活躍したという伝説が残っている。
「小豆つながり」でその伝説にあやかって、西条市に本店を置くたぬき本舗では、90年以上にわたり「たぬきまんじゅう」を販売している。必勝の縁起物として名物となり、地域おこしにも一役買っている。

松山兎月庵 小椋浩介館長
「お次は、松山市の“八股お袖大明神”」

松山城のお堀に佇む“あの神社”をご存じだろうか。

松山市堀之内の八股お袖大明神

鳥居に囲まれたあの場所に祀られているのが“八股お袖大明神(やつまたおそでだいみょうじん)”だ。文政13(1830)年ごろから堀端に植えられた榎の木に住んでいるとされる雌狸で、こちらも神通力を使いこなし人々の信仰対象となってきた。
商売繁盛、縁談、病気平癒などあらゆる願掛けにご利益があると言われている。

松山兎月庵 小椋浩介館長
「そして、最後に四国最強のタヌキ“隠神刑部”をご紹介します」

天智天皇の時代から生き永らえ、松山藩の守護を務めた“隠神刑部(いぬがみのぎょうぶ)”

四国最強のタヌキ 隠神刑部

四国の妖怪の中でも最強クラスの神通力を使いこなし、808匹ものタヌキ=『八百八狸(はっぴゃくやたぬき)』を手下として従えたと伝えられている。
その力は絶大で、神通力による読心術、瞬間移動などを始め、いかなる妖術にも長けていたという。

しかし、隠神刑部は仕えていた松山藩を裏切ることとなる。
松山藩の伝承を収めた『伊予湯下駄』によると、享保年間(18世紀前半)、松山藩の家老・奥平久兵衛はお家の乗っ取りを企て、山犬に育てられた剣士・後藤小源太を使役し八百八狸たちを退治しようとする。
生命の危機に瀕した隠神刑部は手下のタヌキを守るため、久兵衛に味方することを決意。神通力で松山藩や城下を脅かしたと伝えられている。

ではその後、隠神刑部はどんな運命をたどることとなったのか。
現在の姿を知ることができるスポットがある。松山市久谷にある山口霊神だ。

松山市久谷町の山口霊神

藩の守護を放棄し、お家の乗っ取りに手を貸した隠神刑部は、妖怪退治の稲生武太夫(いのうぶだゆう)に倒されたという。

松山兎月庵 小椋浩介館長
「こういうお家騒動が二度と起こらないようにするため、隠神刑部は一度久万の山に封印されます」

しかし、長きに亘り松山藩の守護を務めた功績に免じ、ここ山口霊神に祠が建てられ隠神刑部は守り神として祀られることとなった。現在も地域住民の信仰の対象として、静かにたたずんでいる。

松山兎月庵 小椋浩介館長
「タヌキの話が流行するのは飢饉が起きたり、政治に不満があったりといった、民衆が閉塞的になる時代です。現在、コロナ禍で混乱していることもあると思います。そんな時はたかがタヌキ、されどタヌキと思ってぜひお参りに来てください」

古来から多くの民間伝承に語り継がれるほど身近な存在だった伊予のタヌキ。
姿形は変われど、今もなお愛媛の人々を温かく見守っている。