「帰す」と騙されシベリアへ

武装解除を受け、収容された西倉さんたちは、さらに歩かされました。「日本へ帰す」と言われ、4日間ほど野宿をしながら歩いた末、貨車に乗せられました。着いた先はソ連領、シベリアでした。帰れなかったのです。その瞬間、収容所には、仲間たちの悲鳴が響きました。

人間として扱われなかった抑留生活

シベリアでの抑留は3年間で、重労働が続きました。1年の3分の2は冬です。極寒の中、栄養も足りず、多くの仲間が命を落としました。最初の1年で亡くなった人が全体の7割とも言われます。

「寒さ、飢え、疲労――人間として扱われているとは思えませんでした」と西倉さんは言います。

「それでも『死んでたまるか』と思っていました。家族に会うまでは生きる。ここで倒れてどうする。親が丈夫に産んでくれたことに感謝しながら、必死で耐えました」

資料(抑留者の様子)

101歳の語り部として…

昭和23(1948)年、ナホトカから京都府の舞鶴港に復員した西倉さん。帰国後は仕事をし、退職し、今は「語り部」として体験を語っています。

「皆さんや、皆さんの子どもが、再び軍隊に行くような時代になったら終わりです。私は、そう強く思っています」

7月20日(月)、東京・浅草の雷5656会館で俳優・今江大地さん(STARTO ENTERTAINMENT)が特攻隊員を演じた舞台『パイロット』の上映会が行われます。特攻隊員の目線で平和をテーマに、大戦中と現代の日本の対比を描いた作品。劇中でも西倉さんのインタビューが映像で登場します。

<西倉 勝(にしくら まさる)さんプロフィール>
1925(大正14)年5月、新潟県生まれ。1945(昭和20)年1月に入営、朝鮮半島北部とソ連との国境付近に配属される。終戦後、ソ連軍により武装解除され、コムソモリスクで抑留生活を送る。抑留中、土木工事、製材工場、伐採作業、住宅建設、農作業等、様々な労働に従事。1948(昭和23)年7月、ナホトカから京都府の舞鶴港に復員。