"1日も早く…救出を信じて生き抜く拉致被害者がいます"

拉致被害者 曽我ひとみさん(2026年7月3日・札幌市西区)

もし皆さんの家族が突然いなくなったら。もしそれが拉致され知らない国に連れて行かれたらと、自分のこととして考えてみてください。あってはならないことなのです。

幸い皆さんは家族があり、自由があります。今の状況がとても幸せなことだと分かってください。いつでも何かあった時でも1番にあなた方を心配し味方になってくれるのは家族です。だからこそ、何よりも家族を大切にしてください。

今日話を聞いてくださった皆さん、どんな小さなことでもいいです。例えばどこかで署名活動を行っていたら名前を書いてください。その一筆が被害者を取り戻すための助けとなるのです。

そして今日聞いた話の一部でもいいので、知人・友人に話してください。この問題がまだ解決していないこと、解決するために奔走する家族がいることを教えてあげてください。

どうかどうか、1日も早く1人でも多くの日本人拉致被害者を取り戻すためにお力をお貸しください。

私個人の力では救出することは叶いません。けれど解決するまで、母を含む拉致被害者全員が帰ってくるのを信じて、署名活動や講演活動をできる範囲で続けていくつもりです。

母が帰ってきたならやりたいことを好きなだけやらせてあげたい。洋服もたくさん買っておしゃれをして、いっぱい旅行に出かけてもらいたい。そして家族みんなと笑い声の絶えない楽しい生活を存分に味わってもらいたいと、未来に希望を持っています。

ただ、母の年齢を考えるとそんなに長くは待てない。ごく近い未来のことなのです。

「ただいま」「お帰り」この言葉を、1日でも早く聞きたいだけなのです。

拉致被害者 曽我ひとみさん(2026年7月3日・札幌市西区)

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