命より大切なものがあった時代

その時、目にした遺体とともに今も繰り返し思い出されるのは御真影に最敬礼をして焼夷弾の直撃を受けた男性の姿だといいます。

(笠井博さん(97))
「教育というのはここまで徹底していたんだなと思いますね。神様が人間の形をしてこの世に現れているのが天皇陛下だという教育を幼稚園・小学校の頃から教えられてくると、もうそれが染み込んでしまうから、『申し訳ないけど私らも任務があるからと、放っておいて行くけどごめんなさい』というような、今でこそそうやって言葉になりますけど、言葉にはならなかったですね」

命より大切なものがあった時代。「あの時はそうするしかなかった…」戦争は、81年が経った今も笠井さんに自問自答を強いています。

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