「誰かの命を奪うかもしれない」
再びお酒を飲めば、私は誰かの命を奪うかもしれないのです。
5年前、私は飲酒運転で事故を起こしています。だから同じことをまたやるかもしれない。いや、やるでしょう。
だからこそ、もうお酒を飲むことはできない。そう自分で決めました。それが「認めた」という言葉の意味です。
「当たり前じゃないか」と思われる方もいるでしょう。依存症で、飲酒運転で事故を起こした人間が、飲まないのは当然だろう、と。
そうなのです。すべての人がそう思うはずです。
ただ、私のような重度のアルコール依存症者というのは、その「飲まない」という行動を取ることが、非常に難しい。自分の力だけでは、やり遂げることができない。それも含めて、認めたのです。














