事件事故を記録し伝える役割
みんなが知っておくべきことをきちんと伝える――その「知っておくべきこと」こそが公共情報(パブリック・インフォメーション)であって、その中核にあるのが「基礎的公共情報」と呼ぶべき事実(ファクト)ということになる。
事件事故においては冒頭の5W1Hの中でもとりわけ「だれ」は事実を確定させる上でも最重要で、特定のためには「氏名」とともに、付随情報である「年齢、職業、性別、住所」が求められることもあろう。ちなみに、それらをどう伝えるかは次の段階で考えるべきことである。
犯罪加害者であれば、誰が捕まったのかは憲法で保障された人身の自由を奪う公権力の権力行使であるという意味で、名前が特定される必要がある。
一方で被害者(犠牲者)の場合は、関連するコミュニティで故人を悼み悲しみや痛みを共有する上で、やはり名前は社会で共有すべき基礎的な公共情報と言える。戦争や災害あるいはパンデミックでの犠牲者も、当然同じであって、記号や仮名、あるいは犠牲者総数では、その人の生きていた証しを当該コミュニティで共有することは困難だ。繰り返しになるが、共有を原則とした上で、人権配慮等の伝える工夫が求められるということになる。
こうした社会的な役割をジャーナリズム活動が担うことは、世界共通である。しかし先に触れたようには日本には独自の事情があり、日本のジャーナリズムはより重たい責務を負っていることになる。
しかも放送や新聞といった<マスメディア>が社会に存在していることによって、基礎的公共情報を入手しやすい環境を整備してきた。たとえば、全国どこで起きた事件や事故でも、すぐに現場に記者やカメラマンが駆けつけることができるような取材網を維持し続けてきたこともその1つだ。
実はこの事実報道の大切さは、「実名」報道の議論と直結している。80年代以降とりわけ、加害者・被害者などの名前に焦点が当てられ、この是非がメディア不信の要因でもあり続けている。しかも、報道される側の思いと、報道する側の主張は平行線で、なかなか交わらないのが現実だ。
実名報道の必要性については、これまでもすでに多くの理由付けが示されてきている。記録性や権力監視機能、さらには人としての尊厳の表象のほか、正確性の担保、悲惨さや悲しみの共有(共感、同情など)によって累犯防止や構造的課題の解決などへの効果もあるに違いない(注7)。
(注7)日本新聞協会「実名報道に関する考え方」2022年3月、新聞協会ウェブサイト「プレスネット」
ただしここではこれまで見過ごされがちだった、名前はそもそも社会で共有すべき基礎的公共情報であるという視点を加えておきたい。
人が個人として尊重される上での基礎であり、個人の人格の象徴なのが名前である。それゆえ名前は個人情報そのものであり保護されるべき対象でもあるわけだが、絶対秘のセンシティブ情報や原則秘のプライバシー情報と比べると、相対秘とでも言うべき「パーソナル情報(個人識別情報)」のカテゴリーに位置づけられるものである。
だからと言ってもちろん、勝手にむやみに公開(報道)してよいという理屈には全くならないものの、プライバシーを理由に一義的に報道が許されないものではない、ということでもある。
あくまでも「基礎的公共情報」として社会全体で共有すべきものであるという原則に立って、いつ、どのように報道していくかといった「工夫」(例外的措置)をしていく対象であるということを確認しておきたい。この原則と例外の関係は、ジャーナリズム活動における基本的な立場でもある(その2に続く)。
<執筆者略歴>
山田 健太(やまだ・けんた)
専修大学ジャーナリズム学科/大学院ジャーナリズム学専攻教授。
専門は言論法、ジャーナリズム学。
自由人権協会代表理事、日本ペンクラブ副会長。放送批評懇談会、情報公開クリアリングハウスなどの各理事を務める。BPO人権委員会など歴任。
主な著書に、『法とジャーナリズム 第4版』(勁草書房)、『ジャーナリズムの倫理』(いずれも勁草書房)、『沖縄報道~日本のジャーナリズムの現在』(ちくま新書)、『転がる石のように~揺らぐジャーナリズムと軋む表現の自由』(田畑書店)ほか多数。
専修大学で一般公開の「表現の自由研究会」を開催中。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。














