「苦しみは今も」心に深い悲しみと怒りを刻みつけた強制収容の過去

戦時中、日本軍はオランダの植民地だったインドネシアを占領。オランダ兵だけではなく、その家族や一般の住民も含め、10万人以上の外国人を強制収容しました。

11歳だったトンさんも家族から引き離され少年収容所に。

トン・ステファンさん
「収容者は棒で殴られました。与えられる食事はごくわずかです。毎日、誰かが収容所で死にました。少年たちもです。栄養失調から病気になってしまうのです」

一時期、祖母も一緒に収容されましたが、日に日に栄養状態が悪化していき、帰らぬ人となりました。

トン・ステファンさん
「祖母は自分の食べ物を分けてくれました。私たちは喜んで食べましたが、そのせいで祖母は亡くなったのです」

日本の天皇を敬うよう強制されたといいます。

トン・ステファンさん
「日本兵・日本国旗を見るたびに『お辞儀』をしなければなりません。日の丸は“天皇の象徴”だったからです。

あるオランダ人女性が、日本兵の前で頭を下げようとせず、彼女は木に縛りつけられました。

いつか天皇陛下や日本政府が私たちに謝罪してほしい。当時の私たちの苦しみは今も残っています」

強制収容の過去は、トンさんの心に深い悲しみと怒りを刻みつけました。