新潟県が誇るブランド米「コシヒカリ」は今年、命名70年を迎えました。しかし、「コシヒカリ」は猛暑や産地間競争でいま大きな岐路に立っています。暑さに強い「新大コシヒカリ」をはじめ、次の時代へどう繋いでいくのでしょうか。
「魚沼コシヒカリ」の産地の一つ十日町市。

田植えの準備を進めているのは農業法人、おおぞらのメンバーです。
【農業法人 おおぞら 高橋陽一さん】「水を含んでいるので、5、6キロ、5キロくらい」

高橋陽一さんは20歳でコメ作りを始め、農家3軒を法人化し、今はおよそ20ヘクタールを耕作しています。

【農業法人 おおぞら 高橋陽一さん】「新潟って昔、昭和30年代とかは『猫またぎ』って言って、新潟の米はまずいから猫は見向きもしないんだよという。

コシヒカリが誕生してから『新潟の米って美味しいよね』っていうことになって、新潟全体のブランド価値観が上がったと思います」

そのコシヒカリは1956年に新潟県が採用し名づけられました。強い粘り気と甘味からおいしいコメの代名詞となり、新潟だけでなく全国各地で栽培されています。

ここ数年、農家を悩ませているのが、夏の猛暑や少雨です。

特に2023年は、暑さにより米粒が白濁するなどして、県内の1等米比率は4.9パーセントと過去最低に落ち込みました。

【農業法人 おおぞら 高橋陽一さん】「ここ2、3年が異様に暑い時が続いてると思います、本当に。今年もこの梅雨が空梅雨になると、もう水不足になるという考え方でいないと、大変なことになる」

高橋さんは5年前から「コシヒカリ」以外の品種も栽培しています。
「ここが『にじのきらめき』の圃場になります」

『にじのきらめき』は、国の研究機関が開発した品種。コシヒカリと同等のおいしさに加え、大粒で暑さに強い特徴を持ちます。

【農業法人 おおぞら 高橋陽一さん】「『にじのきらめき』も収量もほとんど変わらなかったし、一等米比率も『にじきら』は100パーセントです」

高橋さんは作業の分散を念頭に、作付け全体のおよそ1割を『にじのきらめき』に切り替えました。

ただ、3年前に亡くなった父親の信雄さんは「魚沼コシヒカリ」のブランド化に尽力した一人です。

他の農家からは…
【農業法人 おおぞら 高橋陽一さん】「『なんでヒカリ(コシヒカリ)以外に走るんだ』ということはよく言われます。でもその人たちに返すことは『コシヒカリをもっと良くしたい、がための新しいっていうか違う品種を作るんだ』という意味合いを込めて今言わせてもらってます」


「コシヒカリ」の暑さ対策が行き届く適切な面積を保つだけでなく、「にじのきらめき」の栽培方法を「コシヒカリ」に生かせないか模索しています。















