島原市の小中学校では、3日、子どもたちに雲仙普賢岳災害の記憶を語り継ごうと、「いのりの日」の集会が開かれました。

35年前、普賢岳の大火砕流で「避難勧告区域」となった島原市立第五小学校では、3日朝、全校児童およそ340人が参加して集会が開かれました。

学校では、災害の記憶を受け継ぎ、防災意識を高めるため、3年生と4年生を中心に災害学習に取り組んでいます。

3日の集会では、4年生が、自分たちで調べたことや、家族から聞いた話をもとに、感じたことを発表しました。


横田 愛永さん(小4)「火山灰や土石流によって、たくさんの家や道路農作物などが大きな被害を受けたそうです。子どもたちは寺子屋で勉強を続けていたことも分かりました」

川本 心愛さん(小4)「普賢岳は膨大な被害をもたらしましたが、その反面温泉や湧き水などの火山の恵みもあります。これからも私たちは火山と共に生きていかなければいけないと思います」

集会では、当時、市内の別の小学校の教諭だった永石一成さんが講話をし、自身の災害体験から助け合いの大切さを伝えました。

小川琉聖さん「大火砕流は本当に怖くて、たくさんの人の命を奪ったことが分かりました」

鐘ヶ江奈帆さん「(噴火災害がおきたら)人を助けたり、お手伝いをしたいです」

島原市では今月1日から3日にかけて14の小中学校で「いのりの日」の集会や講話が行われたということです。














