43人が犠牲となった雲仙普賢岳大火砕流惨事からことしで35年です。災害の教訓を記録に残そうと県立大学の学生が当時の被災場所などを訪れました。

35年前、報道陣の取材拠点となっていた「定点」。訪れたのは県立大学でメディアを学ぶ学生6人です。当時を知る人々の証言を集めています。

雲仙岳災害記念館 杉本伸一館長「火山学者の人から危険だよと言われたのに、なかなかその危険性を私たちは理解できていなかった」

学生たちは雲仙普賢岳災害の教訓や課題を記録に残そうと現地での学習や当時を知る人々への取材に取り組んでいます。

この日は雲仙岳災害記念館の杉本館長や、学生たちのゼミの教授であり、かつて新聞記者としてこの場所で取材をしていた神戸金史教授から被災時の状況などを聞きました。

学生「当時、火砕流の恐ろしさとかみんな知らなかったというかそこまで重要視していなかったんだなって思いました」

学生「自分も長崎に生まれ育っているので、やっぱり知っておくべきことだなって思いながら話を聞いていました」

学生たちは撮影した映像などを今年度中に取りまとめることにしていて、記念館に寄贈する予定だということです。














