立ちはだかる壁「リメンバー・パールハーバー」

そんな、達雄さんが残した火を胸に抱き、海を渡ろうとする一人の被爆者がいます。
福岡県那珂川市に住む佐々木雅弘さん(84)です。
佐々木さんも4歳で被爆。

2歳下の妹・禎子さんは、「原爆の子の像」のモデルとなった少女で、12歳のときに原爆による白血病で亡くなりました。
佐々木さんは、妹の物語と折り鶴を携え、25年以上、世界で平和を訴えてきました。
しかし、海の向こうでは、決まって”同じ言葉”が返ってきたと話します。

佐々木雅弘さん
「『ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ』ってアメリカで言ったら、必ず返ってくるのが、『リメンバー・パールハーバー』」

戦争の口火を切ったのは、日本軍による真珠湾への攻撃だという思いが強く、広島を語れば真珠湾が返ってくる。互いを認め合わないかぎり、憎しみは終わらないのではないかー
5年前佐々木さんは、息子の祐滋さんから、ある提案を受けます。
”「平和の火」をパールハーバーで灯し、日米で共に消さないか”
佐々木雅弘さん
「突拍子もない提案だね、とは思いましたよ。でもね、これはやるべきだと思いました」














