夢は諦めなければ形になる

2022年、福岡市長に手紙を送りました。「娘が殺された公園の名前を『夢を語る公園』に変えたい」。行政が市民の要望で、すでにある名前を変えるなんて、周りから「無理だ」と言われました。

「娘のためにも、夢を追い続ける人のためにも、何か足がかりとなる場所を作りたい」。諦めずに(必死に)嘆願を重ねると「異例の中の異例」として、正式に名称が変わったのです。ネット上の地図、Googleマップにも表示されるようになりました。

「夢は諦めなければ、形になることがある」。福島さんはそう強く感じています。

高校生に向けて語る福島敏廣さん

毎年、啓子さんの命日である1月18日には、生前につながりのあった全日空の職員が啓子さんの勤務地だった福岡空港から公園までの道を清掃します。遠方から来る人、警察署の人が参加することもあります。

「この光景を娘もどこかでみているのではないか。1人でも多くの人に公園に来てもらい、公園が夢の発信となるような取り組みを進めたいと考えています」

この記事は4回連載の3回目です。
▼1回目「娘は見ず知らずの男に命を…」「時間は何も解決しない」
▼2回目「啓子はどんな人でしたか?」娘の生きた証を集め続ける 
4回目は28日(木)朝に公開予定です。

※福岡県で2004~05年に、福島啓子さんを含め女性3人を殺害し、強盗殺人罪などで死刑が確定した鈴木泰徳元死刑囚は2019年8月、刑が執行されました。