かなうことのない「もしも」

北九州市立大学に進学し、アルバイトで貯めたお金でカナダへ留学するなど、啓子さんは夢に向かって努力を惜しみませんでした。福島さんにとって、忘れられない思い出の一つは、大学4年の就職試験の際に、親子2人で上京した時のことです。

「2人で代官山を歩き、お台場で食事をして、銀座をぶらぶら歩いて…。本当に何気ない時間。でもそれが最初で最後となる、娘とのデートでした」

体力作りのため、毎日、自転車通勤をしていた啓子さん。事件の前日は雨が降ったため、自転車を職場に置いて帰宅しました。「明日は危ないからタクシーで行きなさい」という母親に「大丈夫」と告げました。

「前日に雨が降らなければ。あの時、あの場所に、パトカーが通ってくれていたら。何度も何度もそう思いました。しかし、どれもかなうことのない『もしも』です」

啓子さんは経済新聞を購読し、記事を切り抜いて、自分の考えを書き残していました。殺人事件の記事には、こうコメントしていました。

「人の命の大切さを知ってほしい」「人を傷つけてはいけない」

そして「人生は自分で切り開いていくもの。努力すれば必ず夢はかなう」

高校生に向けて語る福島敏廣さん

福島さんは声を詰まらせます。「そんな言葉を書いていた娘が命を奪われました。犯人に体を刺されたとき、怖く、どんなに無念だろうと思うと、言葉にならない思いをがこみ上げてきます」

この記事は4回連載の2回目です。
▼1回目「娘は見ず知らずの男に命を…」「時間は何も解決しない」 
3回目は27日(水)朝に公開予定です。

※福岡県で2004~05年に、福島啓子さんを含め女性3人を殺害し、強盗殺人罪などで死刑が確定した鈴木泰徳元死刑囚は2019年8月、刑が執行されました。